じれったい距離

※お題「宇宙規模の考察 」の続編


「ん?もしかして、ナマエか?」
「あれ?炭治郎に伊之助、どうしてここに…」
善逸から待ち合わせ場所に指定されていた甘味処の暖簾をくぐると、そこには炭治郎と伊之助が4人席の机の前に座っていた。(伊之助は珍しく猪頭をはずしている)怪訝に思ってその場に踏みとどまっていると、「お待たせ」と言う声がすぐ耳元でした。驚いて振り返ると、すぐ真後ろに善逸がいる。
「さ、入って入って!」
善逸がわたしの背中を押すので、不思議に思いながらも、炭治郎と伊之助の向かいに座る。そして善逸もわたしの隣に座り、得意げな顔をして一つ咳ばらいをした。

「皆様、今日はお集りいただき、ありがとうございます。実は今日、大切なご報告が……」
「ああっ、そうか!2人は恋人同士になったんだな。どうりで同じにおいがすると思った」
炭治郎がポンッと手を打って言った。あまりにも包み隠さない物言いに、わたしはしどろもどろになる。
「いやな、今日俺たちは善逸から”紹介したい人がいる”って言われてここに来たんだが。それは、ナマエのことだったのか!」
「まあ俺様は、遅かれ早かれそうなるだろうとわかってたけどな!!」
そうかそうか、と頷く炭治郎に、ふんぞり返って鼻息を吐く伊之助。その2人を前に、善逸はぷるぷると肩を震わせていた。
「おいっ!!!俺がまだ話してる途中だっただろうが!!なんで先に言うんだよ!お前らを驚かそうとしたのに台無しだよ!!俺のワクワクを返せよ、このでこっぱちに猪野郎!!!」
善逸は叫びながら2人に指を突きつけるが、伊之助は「驚くわけねーだろ、バァカ」と目を細める。

「はあぁぁ?!俺の長きにわたる恋が成就したっていうのに、なんなのお前ら!!ていうかね、俺はただナマエと恋人になったわけじゃないんだよ!恋人になったうえで、この子は将来俺と結婚するの!そう約束したの!!!
だからもっと盛り上がれよ、羨ましがれよ、俺を崇めたてまつれよ!!!」
「わ、悪かったよ善逸!たしかに俺は、お前からの報告を待つべきだった!だけど俺も伊之助も、もともと2人がお似合いだと思ってたんだよ。だから、当然の成り行きなのかもしれない、って納得してしまったんだ!」
「んだとぉぉ?!俺とナマエがお似合いって、すごい嬉しいけど!すっごい嬉しいけど!!でもやっぱり俺のワクワクを奪ったことは許せねぇ!!!」
「…おい」
そこで伊之助が冷静な声を上げた。そして、わたしの方を顎でしゃくる。
「いいのか?そんなに喚いてっと、お前の恋人とやらに嫌われちまうんじゃねーの?」
ハッとして善逸がわたしの方を見る。顔を青ざめさせ、冷や汗をかく彼に、わたしは曖昧に微笑んだ。
「じゃあとりあえず、なにか注文しようか…?」
わたしがそう言うと、3人は同時に頷いた。

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こうしてわたしと善逸は、彼の大切な仲間たち公認の恋人となった。それによって、わたしと炭治郎、伊之助の関係が変わることはもちろんなかったが、善逸だけは2人に「絶対にナマエに手を出すなよ。少しでも変なことしたら、末代まで呪ってやるからな…」としきりに牽制していた。

そして、善逸と交際しはじめて気づいたのだが、わたしは恋人として彼にどんな風に接すればいいのか、まったくわからなかった。彼のことは変わらず好きだし、恋人になれたこと(しかも、結婚すると言って聞かない)は至上の喜びなのだが、今まで彼への気持ちを我慢していたこともあり、親密に接することがすこぶる難しい。だから、縁側に並んで日光浴をしながらお喋りをしている際、彼からそっと手を重ねられたときは、飛び上がるほど驚いてしまった。

そんなわたしに、善逸は次第に自信と元気をなくしていく。
「俺、ナマエの嫌がることはしたくないんだ。でも、触れられないと…やっぱり、不安になるよ」
ある日、善逸はしょんぼりと眉を下げながらそう言った。大好きな人にこんなことを言わせてしまった、と強い罪悪感を覚え、わたしも苦しくなる。
「ごめん、善逸。嫌なわけじゃないんだけど、どうしても慣れなくて…」
そう言うと、善逸はますます悲しそうな顔になり、今にも泣きだしてしまうのではないかと思った。

「そ、そうだ!ちょっといい考えがあるんだけど…」
「…なに?」
「あのね、善逸、目をつぶってくれない?」
「…へ、」
「わたし、善逸に見られてると、すごく緊張しちゃうみたいで。だから、善逸が目をつぶってくれてたら、わたしの方から触れられるかもしれない」
それを聞いた善逸は、なぜだか顔を真っ赤にしていた。
「そ、それって…なんだかすごく、いやら………アァァーッ!!!違いますなんでもありません!
うん、俺目をつぶるよ!何分でも、何時間でもつぶり続ける!!だから、ナマエの好きなようにしてください!!」
善逸は「はいどうぞ!」と言うとぎゅっと目を閉じた。


今、わたしたちがいるのはとある公園。目の前にはさらさらと流れる小川があり、わたしたちは園内に置かれた長椅子に座っている。時刻は日が傾きはじめ、だんだんと空が茜色に染まっていくちょうどいい頃合いだった。
わたしはまず、目を閉じた善逸を遠慮がちに観察する。バラバラに切りそろえられた金髪が、風に乗って微かに揺れている。わたしは手を伸ばし、その髪に触れてみた。善逸の瞼がピクリと動く。今は閉じられているが、この髪色と似たべっ甲色の瞳も、困ったような垂れ気味の太い眉も、彼の魅力的な部分である。

髪に触れた手をそのまま下に滑らせ、善逸の頬に手を添えると、彼は「ふあっ?!」と間抜けな声を出した。
「あ、ごめん!」
「いやっ、いいの!ちょっとびっくりしただけ!だからそのまま、そのままで!!」
善逸の頬はすべすべとして、柔らかかった。こう見ると、女の子と同じくらい可愛らしい顔立ちに見えるのだけど、戦闘のときの険しい顔は意外と男らしいし、かと思えばめちゃくちゃに顔を歪ませて泣き出すしで、彼の表情は変幻自在なのだ。

それからわたしは頬から手を離し、善逸の膝の上にある彼の手に触れようとする。恐る恐る指先に触れてみると、彼はビクリと体を震わせた。そして、わたしが声をかけるより先に「本当気にしないで!俺は全然大丈夫だから!不可抗力で反応しただけだから!」とまくし立てられる。
そして、意を決してその大きな手に自分の手を重ねてみる。善逸の手は一瞬動きそうになったが、我慢したようにそこにとどまった。大きくて、ゴツゴツとした手だ。彼はこの手で刀を握り、幾度もの修羅場を潜り抜けてきた。その手に自由に触れられることが嬉しくて、わたしはその手を強く握った。善逸は「ひゃっ…!」と小さく声を上げたが、慌ててそれを飲み込んだらしかった。

最後にわたしは、もう一度善逸の顔を眺める。目だけでなく、ぎゅっと閉じられた彼の口は、緊張からか強張っていた。わたしはまだ、善逸と口付けをしたことがない。口付けをされそうになったことはあるが、驚いてわたしが顔を背けてしまったのだ。(そのとき善逸は大層傷ついた顔をしていた…ごめん…)
だけど、今ならできるかもしれない…そう思った。こういうことは普通、男性からすることなのかもしれない。でも、善逸に見つめられると、どうしても羞恥心をかき立てられてしまうので、やっぱり彼からのそれを受け入れられる気がしなかった。

わたしは、少しだけ身を乗り出して、善逸の顔をのぞくような姿勢をとる。改めて、この人が好きだなあと、その顔を眺めながら思った。夕刻のしっとりとした陽光が、わたしたちに降り注いでいる。その優しい陽光の中で、わたしはゆっくりと善逸の唇に自分のものを重ね合わせた。善逸はピクリとも動かず、その行為を受け入れていた。


「目、開けていいよ」
わたしは体をもとの位置に戻し、夕日が反射する小川を眺めながら言った。今になって自分の行為が恥ずかしくなってきたが、善逸に行為を見られていないと思うと、幾分気持ちが楽だった。
「あの……ナマエ」
「ん?」
「お願いがあるんだけど……」
隣を見ると、善逸は夕日に負けないくらい頬を染め上げていた。そして、上目遣いでわたしを見る。
「俺からしても……いいかな?」
「えっ?」
「さっきの、嬉しかったけど…。でもやっぱり、俺は好きな子のことをちゃんと見て、自分から、したい」
その言葉に驚きと緊張を覚えるも、これまでのような激しい羞恥心や抵抗感のようなものはほとんどなかった。「いいよ」とわたしが答えると、善逸は心底嬉しそうな笑みを浮かべる。

いつの間にか彼に握られていた手にも、もう驚きはしない。再び重なった唇に善逸の熱を感じ、わたしは沸き上がる愛しさを噛みしめるのだった。


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