その恋、難解につき(前編)

※現パロ


わたしの父は転勤が多く、いわゆる”転勤族”と呼ばれる引っ越しの多い家族だった。小学校も3回変わり、やっと落ち着いたかと思えば中2のときに地方の中学へ移ることになる。けれど、このときのわたしは嬉々として慣れ親しんだ中学を去ったのだった。
というのも、その頃のわたしはある男子からしつこく虐められていたのだ。『イジメ』と言うほど激しいものではないが、それでも毎日チクチクと意地悪をされ続けていたら学校も嫌になる。そんなとき、父の地方転勤が決まったのだから飛び上がって喜んだ。あの男子の意地悪から解放される!神様ありがとう!とわたしは部屋の中で万歳をした。

ホームルームの時間に担任が、わたしが引っ越す旨をクラスメイトに告げたとき、あの男子は驚いたように目を見開いたっけ。虐める対象がいなくなってしまい、さぞかし残念がっているんだろうと、そのときは思った。

こうして地方の中学校に通いはじめたわたしだったが、中3の卒業間近にまた引っ越しをすることとを父に明かされる。しかも以前住んでいた町に戻るらしい。だから、当初は地方の高校へ通う予定だったけれど、急遽、以前在籍していた学校の高等部へ転入することが決定。(それもすべて親が勝手に手続きをしていた…)中学卒業後は新たな旅立ちの余韻を味わう暇もなく、住み慣れた町に舞い戻ることになる。

こうしてわたしは、4月より晴れて「キメツ学園 高等部1年」の生徒になったのだった。

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4月某日―――。
体育館での入学式が終わると、クラスでは生徒一人ひとりが自己紹介をするようなホームルームが行なわれた。とはいえ中高一貫のこの学校は、中等部から高等部へエスカレーター式に上がってくる生徒が多い。わたしも中2の前半まで中等部の生徒だったこともあり、このホームルームは友人たちとの再会を懐かしむ時間になった。

今後の授業で使う教科書や教材などですっかり重くなったリュックを背負い教室を出ると、突然誰かに名前を呼ばれる。振り返るとそこには髪の長い男子が立っていた。その涼し気でハンサムな顔つきを見た途端、貧血を起こしそうになるほど血の気が引き、全身が震え出す。
「ミョウジが戻ってきたって本当だったんだ」
彼は親しげな口調で話しながら、わたしに近づく。そしてわたしは一歩後ずさりをする。彼が近づき、わたしは後ずさり。それを繰り返し、わたしはとうとう壁に追いつめられた。

「ミョウジ、僕だよ。時透無一郎、中学のとき…」
「わかって、ます」
「なら、どうして」
「ごめんなさい、離れてください、お願いします」
時透くんは驚いた顔をしてから、1,2歩後ずさった。中学のときよりも幾分背が伸び、大人っぽい雰囲気になった彼だけど、トレードマークの長い綺麗な髪は変わっていない。そう、彼はわたしを虐めていたあのときのままだ。
時透くんが高等部に上がってくるなんて、容易に想像できたことじゃないか。なのに、わたしは気ままな地方暮らしのおかげで、彼の存在を一切合切忘れていたのだ。それが今、入学式というイベントを通して最低最悪の再会を遂げた。

「…あのさ、ミョウジ。僕、あのときのこと謝りたいんだ」
時透くんが神妙な顔をしてこちらを見るので、わたしは激しく首を振った。
「い、いいえ!だ、大丈夫です、お気遣いなく…」
「ダメだよ、僕は中学の頃君を……」
「だから、もういいってば!!」
大きな声を出してから我に返る。まずい、またあの冷たい目でなじられる。そう思って震えながら時透くんの顔を見ると、彼は眉を下げ悲しそうにこちらを見ていた。なんで、なんでわたしを罵らないの…?
けれど、この恐怖に耐え続けるのはもう限界だった。わたしはなにも言わない彼の脇をすり抜け、走って下駄箱に向かった。時透くんがいるこの場所から一刻も早く立ち去りたかったのだ。

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それからと言うもの、この”元虐めっ子”である時透くんは頻繁にわたしに接触するようになる。だけど、中学の頃と打って変わって優しく、しおらしくなった時透くんの態度は、ますますわたしを怖がらせた。
朝のホームルームのあと、移動教室の合間、昼休み、掃除の時間、帰り際…そんな隙間時間を見て彼は現れた。「今日電車でこんな人がいてさ」と他愛もない話をしに来たり、「一緒に帰ろう」と誘って来たり、彼がわたしに会いに来る口実はさまざまだ。けれど、そのどれもわたしにとっては迷惑千万というもの。まあ、彼とクラスが違うことがせめてもの救いだけど…。

なお、この”元虐めっ子とわたしの関係”は、1〜2ヶ月もすると周りにも定着してくる。時透くんがわたしのことを好きで、ちょっかいを出しているのだと勘違いしている人も多く、次第に冷やかされる機会も増えていった。「早く付き合っちゃいなよ」「ほら、お前のカレシが来たぞ!」などと、からかってくるクラスメイトもいる。本当に勘弁してほしかったし、そんなことを言われるたびにわたしは泣きそうになる。わたしが時透くんのことを好きになるはずがないのに。

中学の頃の時透くんは、モノを取りあげたり暴力をふるうようなことはしなかったけど、精神的に傷つくような嫌味をネチネチ言う人だった。美術の時間に友人の顔をスケッチしていると「それなに?妖怪?」と言うし、わたしが消しゴムを落とせば「どんくさい」とつぶやく。わたしのテストの点数を勝手に覗いては鼻で笑い、2人一組で行なう英会話の練習では英単語の発音にケチをつける。掃除の時間、わたしがごみを集めた塵取りを蹴飛ばし、「あ、ごめん。足元見てなかった」と薄ら笑いを浮かべる。…クラスメイトだった中学2年のたった半年間だったけれど、こういうことが永遠と行なわれてきた。

だから、わたしは今でも時透くんが苦手だし嫌いだ。正直もう関わりたくもない。可能性はほぼゼロに近いけれど、わたしは再び父が転勤することを願うばかりだった。


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