「面倒見がいい」というのは、まさにこの男―――竈門炭治郎のためにある言葉のようだ。優しく、頼りがいがあり、人の力になることを至上の喜びとしている。素晴らしい人間性だ。
一方わたしは、炭治郎とは正反対の人間である。面倒くさがりで、極力他人の世話にはなりたくないし、もちろん力も貸したくない。自分のことは自分で助けるしかないし、結局のところ一番信用できるのは自分自身だと考えている。だから、炭治郎がそばにいるとそんな尖った思想の自分が際立って、自身がひどく醜い存在のように思えてしまう。
炭治郎とわたしは同じ鬼殺隊士といえど、正反対の人間性…まるで「月とすっぽん」のような関係であった。
+ + + + + + + + + + + + + + + + + +
「ナマエ!待たせてすまない!」
わたしが道端の小石を足で弄んでいると、背後から軽快な足音と共に炭治郎がやってきた。走ってきたのか息が切れている。
「別に、待ってないよ」
素っ気なくわたしが答えると、炭治郎は
「そうか!ナマエは時間に余裕を持って行動しているんだな!えらいな!」
と笑いかけてくる。炭治郎は隙あらば、わたしを褒めようとする。…いや、誰に対してもそういう接し方をする男なのかもしれないが。
「じゃあ改めて、今日の共同任務、よろしくな!」
「うん、よろしく」
同期の隊士と仕事をするのは久しぶりだから嬉しいな、と炭治郎はまた笑みを見せる。わたしはちっとも嬉しくないけどね…と言いたくなる気持ちをグッと押さえ、わたしたちは任務先へ向かった。
炭治郎は大変人望の厚い男だ。
大事な家族を鬼に奪われただけでなく、愛する妹を鬼にされてしまった―――そんな悲惨な境遇の中でも希望を忘れず、戦い続ける強い精神力と、家族のように仲間を慕うまっすぐな心は、どんな人間をも惹きつけた。大きな悲しみと向き合い、乗り越えようとするその姿は、どこか達観した素振りさえある。だけど、そんな”世界”を理解しているような炭治郎でも、きっとわたしの気持ちは理解できないし、わたしの世界を理解できないだろう。だから、わたしたちは一生わかり合えないのだ。
+ + + + + + + + + + + + + + + + + +
そんな炭治郎と、任務帰りに”喧嘩”になった。これは初めてのことだ。というか、炭治郎がわたしの喧嘩を買うとは、思いもよらなかったのだ。
「だから、なんであんな無茶な庇い方したわけ?わたしだってあれくらいの攻撃、受け流せたって!」
「いいや、あの速度は、正直ナマエには難しかったと思う!距離も離れていたし…」
「はあぁ?!あんた馬鹿にしてるの?!わたしをそんなに弱い剣士だと思ってたってこと?!」
「違う、そういう意味じゃない!あの状況で被害を最小限に抑えるには、近くにいた俺が応戦するのが一番よかったんだ!」
「で、その結果がこれ?」
わたしは正面にいる炭治郎を睨みつける。あばらを抑え、足を引きずりながら歩く炭治郎。わたしを庇うようにして鬼の攻撃をまともに受け、負傷してしまったのだ。
「どうも、怪我をしてまでわたしを守ってくれてありがとうね!」
「う、ナマエ、お前そんな言い方…」
「………」
わたしは黙って少しかがみ、炭治郎に肩を向ける。
「ほら」
「…すまない」
炭治郎は眉を下げ、申し訳なさそうな顔でわたしの肩に腕を回した。肩を貸さないと、彼は満足に歩けそうもないのだ。
炭治郎のペースに合わせて、少しずつ帰路をたどる。腹が立つけれど、わたしが原因で怪我をさせたようなものだ。全然納得できないとはいえ、少しだけ申し訳ない気持ちはつのっていた。
「ナマエ…すまない」
「……いいって」
「俺は、お前をイライラさせてばかりいるな」
「え?」
思わず炭治郎の顔を見ると、そのわたしの動作が身体に障ったのか、彼は小さくうめき声をあげた。
「あ、ご、ごめん!」
「いや、いいんだ…」
炭治郎は苦笑いをして言葉を続ける。
「ナマエからは、いつも苛立ったにおいがするよ。俺といるときは、そのにおいが強くなる。ナマエが俺といて心が落ち着かないことはわかってたんだ」
「………」
「俺はそのにおいの正体を突き止めたかった。もっとナマエのことを知りたかったよ。でも、そうやって俺がナマエに近づけば近づくほど、逆にお前の気持ちを逆撫でしていた。本当に、すまない」
わたしはなにも言えなかった。なぜなら、炭治郎の言うことはなに一つ間違っていないからだ。炭治郎とわたしはわかり合えなかった。でも炭治郎は、わたしたちがわかり合えないことには、とっくに気づいていたのだ。
「わたしのことなんて、気にしなくていいよ」
ようやく口をついたのは、そんな安っぽい言葉だった。炭治郎はハッとしたように、すぐさま言葉を返す。
「気にならないわけないだろう!ナマエは俺の大切な仲間だし…」
「別にいいじゃない、こうやってたまに一緒に戦える。今日はあんたが負傷してしまったけど、まあ問題なく任務をこなせる関係だし。それ以上に、わたしたちの関係に求めるものなんてないでしょう?」
「ある!!」
「…は?」
「あるだろ!俺はもっとナマエのことが知りたいし、それに…それに、俺はナマエにも俺のことを知ってほしい!!」
炭治郎は立ち止まり、痛みにこらえながらも、わたしの目を見ながら必死に訴えかけた。
「それは……なに?わたしが、あんたの世界で異質な存在だから?だから、わたしを理解したいの?」
「いや、そういうわけでは…」
「わたしと炭治郎は住む世界が違うよ」
「違わない!!」
「世界が違う者同士、仲良くなんかできな…」
「仲良くできる!!」
炭治郎の勢いに圧倒されてわたしは口をつぐんでしまう。炭治郎の息が切れている。わたしは炭治郎に竹筒に入った水を渡した。
「馬鹿だなあ…怪我してるのに、そんなに声を出して…」
「わ、悪い……」
炭治郎は水を飲み干すと、疲れ切ったような溜息をついた。苦手な相手だとはいえ、身を挺して自分を守ってくれた仲間に対し、わたしも言いすぎてしまったような気がする。
「ごめん炭治郎。今日はもう帰ろう」
「そうだな、俺も、ちょっと大人気なかった」
それからわたしたちは、黙々と歩いた。わたしは無傷だったが、炭治郎は怪我をしているので、蝶屋敷に送り届けなくてはいけない。黙って蝶屋敷に向かった。
「ナマエ」
「なに?」
「ナマエは、俺の世界で異質な存在なんかじゃないよ」
「…そう」
「むしろ、特別な存在なんだ」
わたしは一瞬考えこんだが、それはまた、炭治郎の例の”褒め癖”が出たのだと思い、小さく笑ってしまった。
「まーた、そんなこと言って…」
「お前を困らせるかもしれないから、ずっと言えなかった」
炭治郎が歩みを止めてしまった。心配になり、顔をのぞくと、強くまっすぐな眼差し、優しい光をたたえた瞳がわたしを見つめていた。こんなに長く炭治郎の顔を見たのは、初めてかもしれない。
「今日の戦闘では悪かった。ナマエの言うとおりだ。お前なら、あんな攻撃やすやすとかわせただろう。でも、俺がお前を守りたかったんだ。だから余計なことをしてしまった」
炭治郎がなにを言っているのかわからない。わたしを守りたかった?理解が追いつかず、ただひたすら彼の顔を見るしかない。
「結局、俺はナマエにいい恰好を見せるどころか、迷惑をかけてしまったな…本当にすまない」
わたしの肩に手を回す炭治郎の体が熱くなっていた。いや、わたし自身が熱くなっているんだろうか。そうして、ようやく話の内容を理解した。
「……それ、今話すこと?」
「わ、悪い!つい抑えきれなくなって…」
炭治郎が照れたように笑う。ちょっと情けない、柔らかい笑顔だ。この男のことは、とことん苦手なはずなのだが、なぜだかその顔だけは、正直悪くないなと思ってしまった。
「…ほら。蝶屋敷、行くよ」
「あぁ、頼む」
わたしたちはまた無言で歩きはじめる。しかし、先ほどまでの沈黙とは種類が違う。早く蝶屋敷に着けばいいのにと思うけれど、まだまだ先は長い。
「また、ナマエと任務に行ければいいなぁ」
炭治郎が独り言のようにつぶやいたが、わたしは聞こえないふりをした。そんなわたしをチラリと見た炭治郎が、ちょっとだけ嬉しそうに笑った。
☞拍手☜