遅刻する愛情

※現パロ


「ミョウジさん、あの、お、俺と付き合ってください!!」
「……うん、いいよ」
それは我妻くんから50回目の告白をされたときのことだった。毎回彼の熱意を断る自分のメンタルに限界を感じていたわたしは、諦めてその告白を受け入れたのである。


我妻くんはただのバイト仲間だった。
わたしは大学に入ってすぐ、この洋食店でバイトをはじめたのだけど、そのときにはすでに我妻くんが働いていた。丁寧に仕事を教えてくれるいい人だったし、同い年ということですぐに意気投合したのだけど、一緒にバイトをはじめてわずか1週間後に彼はわたしに告白してきたのだ。
わたしは真面目にバイトがしたかったし、そういう恋愛関係にもつれ込むのは嫌だったため、心苦しくもお断りをする。我妻くんは大変ショックを受けたようだった。けれど諦めの悪い彼は、それ以降、週1回のペースでわたしに告白するようになる。

週1回ペースということは、概ね月に4回彼に告白される計算だ。つまり50回目の告白を受けたときのわたしは、すでに1年以上彼に告白され続けている状態だった。正直異常だと思う、我妻くんという人は。まあ、そんな人がいるお店を辞めないわたしもわたしなんだけど。


そんなこんなで我妻くんの告白を受け入れ、大学2年目の生活をスタートさせたわたしだったけれど、実はバイトを辞めようと思っていた。理由は簡単。今期は履修する授業が多く、課題もかなり増えるとのことで、今までのペースでバイトに入るのが難しくなったのだ。お店は基本固定シフトであるため、シフトを減らしたりとイレギュラーな対応が許されない雰囲気がある。だからここは潔くお店を辞めて、シフトの融通が利く新しいバイト先を探したほうがいいだろうと、そう思ったのだ。

そういう状況もあったから、わたしはあえて我妻くんの告白を受け入れた。一緒にバイトをしなくなれば、必然的に顔を合わす機会も減る。関わりが減れば我妻くんの気持ちも冷める。つまり、わたしが働きかけなくとも自然に破局へと向かうはず……これがわたしの狙いだ。申し訳ないけれど、わたしは我妻くんと真面目に付き合う気なんて最初からなかったのだ。

けれども、我妻くんはわたしと付き合えることになり、大はしゃぎで上機嫌だった。別に共通の趣味があるわけでもない、食べ物の好みが一緒なわけでもない、そんなわたしなのにどこが気に入ったんだか。いまだに理由はわからない。ただ、かなりの女好きのようなので、たまたま近くにいた女がわたしだったから好きになった、という線が濃厚な気もしている。

まあ、今となってはそんな理由などどうでもいい。どうせ、わたしたちはすぐに別れるのだから。

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「ちょ、ちょ、ちょっと!!ミョウジさん、俺君がお店を辞めるなんて聞いてないんだけど!?」
日曜のこと。いつものように昼からバイトに入っていると、休憩時間に我妻くんが飛んできてわたしを連れ出した。そして人気のない更衣室の近くで、彼は目に涙をためながらそう訴える。
「あ、伝えてなかったっけ、ごめんね。今年は授業が忙しくなるから、辞めることにしたの」
「そ、そんなぁ!俺たちせっかくカップルになれたのに……!!」
ああぁぁ!!と大げさに声を上げながら我妻くんは膝から崩れ落ちる。なんて大げさな人なんだろう。我妻くんなら、すぐに別の好きな女の子を見つけられるだろうに。

「もしかして、別のバイト先探すの?もう決まってるの?ねぇ、そうなの?!」
我妻くんがひしとわたしにしがみつきながら聞いてくる。
「これから探すところだけど…」
「じゃあ俺もそこで働く!ミョウジさんと一緒のバイト先じゃなきゃやだ、絶対にやだ!!」
我妻くんはスマホを取り出すと、アルバイトの求人サイトを開き「次のバイトは何系がいい?飲食?それとも販売系にする?」と矢継ぎ早に尋ねてきた。呆気にとられたわたしは思わず「そんなにわたしと働きたいの?」と聞いてしまう。

「当たり前じゃん!!ていうか一緒に働きたいんじゃない、俺はミョウジさんと一緒にいたいの!1分でも1秒でも多く!!」
「えぇ…そうなの?」
「そうだよ!!だって俺たち大学も違うし、住んでるところも違うし、会える時間って限られてるでしょ?俺は授業の後とか、土日とかも会いたいけどさ…その、ミョウジさん忙しそうだし…連絡しても全然返事くれないし……だから、バイトの時間を使って会うしかないの!そうしてまでミョウジさんと一緒の時間を過ごしたいの、俺は!!」
わたしが彼に気がないことは、とっくにバレていたらしい。それなのに彼はわたしにアタックし続けていた。もしわたしが我妻くんの立場だったら心が折れているはずだ。完全に”脈”がない相手に好きだと言い続ける精神力は持ち合わせていない。

”どうせ、すぐに別れるから”と高をくくって告白をOKするんじゃなかった、と今更ながら思った。わたしと付き合うことに、尋常じゃない熱意を抱いている我妻くん。そんな彼との自然消滅を狙うなんて、きっと夢のまた夢みたいな話だろう。


それからというもの、わたしはこれまでのように彼をあしらえなくなってしまった。わたしの気持ちを知ったうえで、好きだと言い続けてくれる人なんて、そうそういるもんじゃない。(それは”しつこい”とも言えるのだけど…)正直鬱陶しいし、迷惑だと感じることも多い。だけど、わたしが連絡に応じたり、顔を合わせたときに示してくれるその反応―――頬を紅潮させ、心から幸せそうな顔をするその反応が、わたしはそこまで嫌いじゃなかった。

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ただ、結局わたしはお店を辞めた。我妻くんには、同じバイト先で働く!とごねられたけど断固拒否をしたし、お店を辞めてから1週間後には新しいバイト先を見つけることができラッキーだった。

お店を辞めてからの約1ヶ月、わたしは我妻くんと顔を合わせていない。スマホを通じての連絡は来るし、デートにも誘われるけれど、なんだかんだ理由をつけて直接会うことはしなかった。あくまでわたしは”自然消滅”を狙っていたし、彼と別れることをまだ諦めていなかったからだ。

しかし、我妻くんはとうとう痺れを切らしたらしい。土曜の午後、彼は突然わたしのバイト先であるカフェに姿を現した。そして、わたしが仕事を上がる夕方までお店に居座り続けた。


「お店に来ないでって言ったのに」
「……ごめん」
着替えを済ませ、お店から少し離れた場所にあるコンビニの前で彼と落ち合う。我妻くんは随分と意気消沈していた。これはもうハッキリ言わないといけないと思った。ずるずると関係を続けていて傷つくのは我妻くんだ。少し悪いことをしたなと思った。

わたしたちはそのまま街をぶらつき、目についた小さな公園に入る。わたしはブランコの座板に座り、我妻くんはブランコを囲う光沢のある柵に浅く腰かけた。我妻くんの後ろに輝くような夕日が見える。夕暮れのオレンジ色と、青さの残る空とのコントラストが綺麗だと思った。

「我妻くん」
わたしが呼ぶと、彼は伏せていた目を上げた。きゅっと結んだ口元に、なにか強い意志みたいなものを感じる。
「今まで曖昧な態度をとってきてごめんね。ちゃんと、ハッキリさせようと思う。わたしたち、今日でわか……」
「嫌だ」
聞いたこともない、低い声。今のが我妻くんから発せられた声なのだと気づくのに、時間がかかった。
「嫌だ、俺はミョウジさんが好きだ。これからもずっと、ずっと一緒にいたい」
我妻くんが立ち上がる。夕日が彼の金髪を透けるように照らして、キラキラしていた。その綺麗な髪に見惚れていると、いつの間にか強く手を引かれ、その胸に抱き寄せられていた。


わたしが急に立ち上がったことで、ブランコが不自然な揺れ方をした。ガシャン、ガシャン…と耳障りな音が公園に響く。
「俺、ミョウジさんが好き…大好き」
耳元で我妻くんの掠れた声がする。それから一層強く抱きしめられる。彼のさらさらとした髪が頬をくすぐり、思ったよりもがっしりとした腕がわたしの体を包んだ。

いい匂いがする、と思った。それはわたしの好きな匂いだった。けれど、付き合ってから一度も彼と触れ合ったことのなかったわたしは、当然そんな匂いに気づけるはずがなかったのだ。

我妻くんの両手がわたしの頬を包み、優しく上を向かせた。目が合った。こんなに近くで我妻くんの顔を見るのは初めてだった。べっこう色の瞳がゆらゆら揺れている。垂れ気味の眉がちょっと可愛い。しばらく見つめ合っていたわたしたちだったけれど、突然我に返った我妻くんは急激に頬を紅潮させ、目を泳がせた。
「ああぁっ、こんなときに俺、なに緊張してんだ!めちゃくちゃいいとこなのに!あともう少しなのに!!」
ごめんミョウジさん!と言って彼は再びわたしを抱きしめる。てっきりこのままキスされるものだと思っていたので、拍子抜けて少し笑ってしまう。

「あの、ミョウジさん……」
「はい」
「俺、別れたくないです…。もう少し言えば、ミョウジさんともっと会いたいです、触れたいです……」
「うん」
わたしは胸いっぱいに我妻くんの匂いを吸い込んだ。「あぁ!そんなに嗅がないで!」と悲鳴みたいな声が上から降ってくる。


「わたし、今さっき、我妻くんのことが好きになっちゃった」
我妻くんの背中に手をまわすと、彼は大げさなくらいビクリと体を震わせる。
「好きになるのが遅くなってごめんね」
ややあってから、我妻くんが震える手でわたしの両肩を掴んだ。
「え?これは…夢?夢なら醒めないで、お願いします……いや、こんな幸せな夢もう二度とないよね?それともこれは俺の妄想?え、待って俺死ぬ?死ぬの?どうせ死ぬなら最後にミョウジさんとキスしたい…」

我妻くんの思考回路がショートしかかっている。
わたしは我妻くんのワイシャツの胸元を少し引っ張った。「あっ…」と言って彼が前かがみになる。そして、近づいてきた唇にそっと自分のものを重ねた。

夢じゃなく現実だと教えてあげる、ちょっとしたいたずらだった。からかい文句の一つでも言おうと思った。だけど、そんなことを言うよりも先にわたしの唇は我妻くんに塞がれていた。
オレンジ色に照らされたわたしたちの影。暮れなずむ空の下、その影は長いこと重なり合っていた。

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※こちらは夢企画サイト「黄昏時の夢幻劇様」へ提出した作品になります。


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