子どもと大人

子どもは嫌いだ。
嘘つきで、意地汚くて、可愛げがない。大人であるわたしたちが献身的に世話をしたって、ほんの気まぐれで裏切る。それはもう、綺麗な花をへし折るみたいに簡単に。

だからわたしは商いをするのに不向きな性格に違いないのだが、病気がちな母に代わってよく店番をしていた。うちが売っているのは、三色団子やおはぎといった和菓子の類だ。ほとんどの客が年寄りだが、なかには年端のいかぬ子どももいる。もちろん、子どもたちに菓子を売ってやるのは構わない。しかし中には金を払わずに菓子を盗んだり、頼むだけ頼んで「金なんてないよ!」と笑いながら逃げてゆく子どももいた。わたしをからかっているのだ。母が店番をするときは、こんなこと一度もなかったのに。

そんな風だから、店に立つわたしの顔は日に日に険しくなっていった。
「もう少し可愛らしい顔をおし」
母は眉間に皺を寄せたわたしを見て苦笑する。しかし、子どもが店の前をうろつくたびにわたしは苛立ちを覚えるし、とてもじゃないが笑顔で接客などできるわけがなかった。

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そんなある日の午後、父が作ったばかりの柏餅を並べようと店に出ると、一人の子どもが団子を眺めていた。わたしは無意識に眉間に力を入れる。すると子どもは静かに顔を上げた。美しい子どもだった。年は……13、14といったところか。19歳のわたしからすれば、まだまだ子どもである。

わたしは黙って視線を逸らすと、その団子の横に柏餅を並べた。子どもはその様子をじっと見つめている。
「あの、」
その子どもが口を開いた。見た目の幼さとは少し似つかわしい、落ち着いた声だった。
「はい」
わたしは不機嫌さが声に滲まぬよう気をつけながら応じる。
「これ、ください。あとこのお団子も、2本」
子どもはわたしが並べたばかりの柏餅と、三色団子を指さした。わたしは再び「はい」と応じると、餅と団子を取り薄紙に包んだ。子どもは黙ってわたしの手つきを見つめていた。

「随分と機嫌が悪いようだけど、僕、なにかした?」
わたしの手のひらに硬貨を落としながら、子どもが言った。小首を傾げ、心底不思議だというようにこちらを見ている。わたしは硬貨を握りしめると、「別に」と言って子どもから目を逸らした。
「じゃあ君って、いつもそんな風なの?」
立ち去らないどころか、馴れ馴れしい口まで聞いてくる子どもに辟易したわたしは大きく溜息をつく。だから子どもは嫌なのだ。
「そうね、わたしはいつもこんな風よ」
腕を組み、顎を上げ、わざと威圧的な風を装って言ってやった。すると子どもは「ふぅん」と小さく漏らす。

「君、笑った方が可愛いと思うけど」
「……は?」
「それじゃあ、またね」
子どもは最後に少しだけ笑みをたたえて出て行った。まるで色男が見せるような大人びたその仕草に、わたしはやはり苛立ちを覚えてしまう。最近の子どもは随分とませているんだから、と珍しい形の洋服を着た小さな後ろ姿を睨みつけた。

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「こんにちは」
「………」
「最中とお団子を2本」
「……はい」
数日後、あの子どもはまた店にやって来た。「すごく嫌そうな顔、少しはその気持ちを隠す努力をしたら?」と言われてしまうほど、わたしは自分の気持ちが顔にあらわれていたようだ。この子どもは、常連客にでもなるつもりなのだろうか。店としてはありがたいことだが、子どもの客がつくのは正直嬉しくない。さっさと接客を終わらせるべく、わたしは最中と団子を薄紙に包もうとした。

「あ、今日はここで食べたい」
「え、」
「そこの長椅子で食べてもいいんでしょう?」
子どもが指さした先には古びた長椅子がある。たしかに、持ち帰らずにその場で菓子を食べる客は少なくない。その際には温かいお茶も出すようにしている。わたしは小さく溜息をつくと、店の裏に入って急須に茶葉を入れる。「お湯、沸いてるよ」と奥の部屋から母の声がした。店先での会話は丸聞こえだったようだ。

長椅子に座っている子どものもとに、最中と団子を載せた長皿、そして温かい煎茶の入った湯飲みを持っていく。
「どうもありがとう」
またあの大人びた笑みを浮かべて、子どもは言った。「ええ」と言うわたしの口調の方が子どもっぽい。そのまま盆を抱えて戻ろうとすると、子どもがわたしの着物の袖を掴んでいることに気づいた。
「……なにか?」
「これ、君に」
子どもが差し出したのは、美しい紅色の金魚が形作られた飴細工だった。
「君みたいに綺麗な金魚だったから、思わず買っちゃった」
「まさか、わたしを口説いているつもり?子どものくせに」
言ってから慌てて口を押さえる。いくら子どもが嫌いだからといって、今のはさすがに言いすぎだ。しかし、子どもはそんなわたしの言葉に怒った様子はなく、むしろ不思議そうに首を傾げていた。

「どうして?子どもが素敵な女性を口説いちゃいけない?」
「あのねぇ…」
いつもなら「これだから子どもは…」と一蹴するはずなのに、それができなかったのは、この子どもがひどく真面目に、堂々とわたしのことを「素敵な女性」などと言ってのけたからだ。
「ねぇ、君の名を教えてよ。僕は無一郎、時透無一郎だ」
「やめてよ、そんな色魔みたいな話し方…」
「名前も聞いちゃいけない?そう、じゃあ名前を教えてくれるまで僕は通い続けるよ」
彼―――無一郎と名乗るこの子どもは、そう言って含み笑いをした。やはり、わたしなんかよりずっと大人びているように見えた。

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しかし無一郎は思わぬ形でわたしの名を知ることになる。
それは体調のよかった母が店番をしているときのこと。突然母が「ナマエ、ナマエ」とわたしを呼ぶので、何事かと思って作りかけの大福を持ったまま慌てて店に出た。するとそこには、相好を崩した母と無一郎がいるではないか。
「あんた……」
わたしがそう漏らすと、「こら、お客様に”あんた”だなんて失礼じゃない!」と母に叱られる。
「ナマエさん、って言うんだ」
無一郎があの大人びた笑みを浮かべながらわたしを見つめる。居心地が悪くなったわたしは、そんな彼を無視して「なにか用?」と母に尋ねた。

「いやね、無一郎さんがナマエに会いに来たというからさ。会わせないわけにはいかないだろ」
「馬鹿ね、そうやってわたしをからかっているだけよ」
「そんなことを言いながらお前、この無一郎さんからいろいろと贈り物をもらっているじゃないか」
痛いところを突かれて、わたしは口をつむぐ。

たしかに無一郎は、店に来るたびに土産物をくれた。突っぱねようとすると、こちらまで恥ずかしくなるような口説き文句を垂れるので、仕方なくそれらを受け取っていたのである。自室の小さな机の片隅に土産物の数々を置いていたのだが、母にはしっかりとその存在がバレていたようだ。

「すみませんねぇ、無一郎さん。ナマエはこう見えて、本当に優しい子なんです。床にふせがちなわたしを、こんなにも献身的に支えてくれているんですからね」
「はい、僕もナマエさんはとても優しい女性だと思います」
ああ、これだから…と喉まで出かかった。あれだけ冷たくしているのに、母の前だといけしゃあしゃあと調子のいい嘘をつく。

「だってこれだけ僕が通い詰めても、ひどい言葉をかけたり、贈り物を拒むことなんて一度もなかったんだから」
そしてわたしの顔を見ると「まあ、嫌な顔は散々されたけれど」と付け足した。そんな無一郎に、母はコロコロと軽やかに笑う。こんなに楽しそうな母を見るのは久しぶりで、わたしもなんだか楽しい気持ちになってしまった。
「そうですか、そんなにナマエのことを気に入ってくださっているとは…」
母はうんうんと何度か頷いたあと、口元に片手を当てると、わたしの方を指さしながら、
「うちはいつでも嫁に出したっていいんですからね」
と悪戯っぽく囁いた。あまりにも冗談が過ぎる、とわたしが注意しようとすると、無一郎から衝撃の言葉が突いて出た。

「最初からそのつもりです」
彼は涼しい顔でそう言う。
「ナマエさんを僕の妻にしたい、そう思ってこのお店に通っているので」
そう言って無一郎はわたしに微笑んで見せた。しかしその目は真剣で、今の言葉が冗談ではないと物語っている。呆気に取られていると、母が「あぁ!」と声を上げた。頬を紅潮させ、わたしよりも数段このやり取りに興奮しているらしい。
「うちのナマエを鬼狩り様のお嫁にしてくださるだなんて、なんたる光栄だろう…!」
「えっ?お、鬼狩り?」
突如あらわれた”鬼狩り”という言葉に戸惑っていると、「あら、あんた知らなかったの?」と母がわたしと無一郎の顔を見比べる。

鬼狩り――つまり”鬼殺隊”がわたしたちを人喰い鬼から守ってくれる政府非公認の組織であることは知っている。昔から両親や近所の人に教え込まれてきたからだ。しかし、実際にその組織に所属する隊士に会うのはこれが初めてだった。
「そう、僕は鬼殺の剣士……しかも”霞柱”っていうちょっとすごい階級の隊士なんだよ」
そう言ってわたしの反応をうかがう無一郎は、年相応の無邪気な顔をしていた。しかし、わたしはここで事の重大さを実感しはじめる。

鬼殺隊の霞柱というこの少年が、わたしに求婚している………?

「なぁんだ。そんな顔するなら、はじめから身分を明かせばよかった」
無一郎はそう言って吐息を揺らすように笑うと、うやうやしくわたしの右手を取る。豆だらけのゴツゴツとしたその手は、幼い少年のものではない、数え切れないほどの努力を重ねた”強者”の手だった。
「ねぇナマエさん、僕の妻になってくれない?」
その手の甲に口付けでも落とさんばかりの、甘い囁き事だった。わたしの心臓は信じられないほど騒がしくなり、美しい彼の顔を直視できない。
「あ、あの、ごめんなさい。一度、考えさせて」
必死に声を絞り出すと、無一郎はにこりと微笑む。
「もちろん、僕はいくらでも待つよ。ナマエさんからいい返事をもらうまで、ずっとね」
わたしの右手を決して離さないその手にただならぬ熱を感じながら、わたしはあまりの恥ずかしさに晴れ渡った空を見上げるしかなかった。


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