青道高校二年。野球部所属。名門とも呼ばれるここの野球部で二年生ながらレギュラーで正捕手の座についている。倉持先輩と仲が良いらしい。栄純曰く「性悪腹黒キャッチャー」。野球をやっているときの真剣さとひたむきな姿勢は誰が見ても好ましく感じるだろう。野球センスの塊。目の保養になっちゃうくらいのイケメン。イケメンだからなのか、彼女は一か月ローテらしい。悪い人ではなさそう。

これが私が知っている御幸先輩である。


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「百合ちゃ〜ん。アドレス教えて〜、あと付き合って〜」

「…」

追加。チャラい。軽そう。大迷惑。
ニコニコと何を考えているか悟らせないような笑みを浮かべ、御幸先輩が私の教室に来るのはなにも今日が初めてではない。朝や昼休み、ひどいときには十分休憩のときにすらこうやって一年生の階へやってきては今のセリフはのたまうのだ。本当に勘弁してほしい。私の想像していた高校生活はこんなはずじゃなかったのに。なんとかため息をつくのはこらえたが、眉間に皺が寄ってしまうのはもう隠せなかった。

「何度目ですか。付き合えません、アドレスも教えられませんって言ってるじゃないですか。帰ってください」

「はっはっはっ、百合ちゃん辛辣ゥ」

誰かこのアホな先輩叩き出せ!そう叫びだしそうになるのを何とか喉の奥に押し込んだ。
この間教室で公開告白を受けてから私の中の御幸先輩株は大暴落したまま一向に上昇傾向へと転じる様子はない。もともと御幸先輩は有名だったので話したことなんてなくてもある程度は知っていた。聞いた噂の中にはあまり好ましいとは言えないものもあったのは確かであるが、そんなのは僅か少数でほとんどが彼の人柄の良さを褒めるものであった。野球部の練習をたまたま見たときも彼は人一倍努力しているのが伝わってきたし、練習試合の時に垣間見えた勝利への執着心も好ましく思えた。なのにである。実際に話してみたら人の迷惑を考えないわ、人の話は聞かないわ、しつこいわマイナスなところばかりが目に付いてしまう。勝手に御幸先輩像を作り上げてしまった自分が悪いのだが、なんだかがっかりしてしまった。

「本当に迷惑なんです」

もう何を言っても暖簾に腕押し。だったらズバッと言ってやろうじゃないかとど真ん中に直球の言葉を放り投げたのだが首を傾げられてしまった。

「迷惑?」

「迷惑です。迷惑も大迷惑ですよ。御幸先輩のせいで友達ができないんですけど」

そうなのである。悲しい話、この高校に入学してからお友達と呼べる関係になれたのは沢村栄純ただ一人である。栄純と仲良くなったのは入学してからすぐだったが、それまでもそれ以降も休み時間に話す程度のお友達と呼べるか微妙なクラスメイトならいた。まだ入学してから大して日数は経っていないのでみんなクラスメイトとの距離を測りかねていたのである。そんな中起きた公開告白という衝撃的な事件。その当事者となってしまった私に話しかけるチャレンジャーなクラスメイトなどおらず、結果、おたおたしている間に女子の中でグループは固まってしまい私は栄純以外にお友達ができないままとなってしまったのである。栄純が変わらず私と接してくれていることが唯一の救いだ。
挙句、御幸先輩がこうやって休み時間のたびに会いに来るもんだから付き合っているという事実とは180度真逆の勘違いをされ、柴咲百合に話しかけると御幸先輩にシメられるらしい、なんて噂まで出回ってしまったらしい。なんだそれは。その噂をきいたときはその噂を流したやつを私がシメにいこうかと半ば少し本気で思った。

「ほんっとに死活問題なんです!御幸先輩のせいで三年間友達ができなかったらどうしてくれるんです」

「沢村と仲良いじゃん」

「栄純とは確かにお友達になりましたけど、私は女の子のお友達も欲しいんです」

「俺も友達少ねえから大丈夫だろ」

「ふざけんじゃねえですよ。何が大丈夫なんですか、何が!」

御幸先輩のお友達事情なんて知ったこっちゃねえ。ふざけたことしか言わない御幸先輩についに堪忍袋の緒が切れそうになる。その空気を察したのか「仕方ねえな、んじゃこうしようぜ」となんとも上目線からの提案を戴いた。迷惑被ってんのは私なんですけどね。解せぬ。だが、今まで私の話など全く聞かなかった先輩からの初めての譲歩である。ここはぐっとこらえて話を聞こうじゃないか。

「アドレス教えてくれて、毎日一緒にお昼食べてくれるならもう来ない」

「却下」

譲歩の欠片もみられない御幸先輩しか得をしない提案に考える必要すらなく、すぐさま切り捨てる。そんな身も蓋もない私の対応に御幸先は気分を害するどころか腹立つようなニヤニヤした笑みを浮かべた。

「ふーん、いやなら別に俺は良いけど。休み時間のたびに百合ちゃんに会えるし。別に付き合ってくれって言ってるわけじゃないんだぜ?」

こんの…!!いちいち人の神経逆なでないと話せないのかこの人は。たしかに、なんて一瞬思ってしまったがそんなの当り前だ。もし本気でそんなことを言ったら人として最低である。付き合う云々以前の問題だ。
確かに御幸先輩にはがっかりさせられることが多々あったが、こうやって肝心なところはうまく躱してくるのだ。これだけは許せない、みたいな決定的な出来事がないためいつも最終的には強く言えなくなってしまう。まあ、迷惑とはいえなんだかんだ好意を寄せられいる結果なわけだし。
毎日休み時間に来られるのと日に一時間程度の拘束プラスアドレスが犠牲になるの、どちらがマシか考えたが結局どっちもどっちだ。

「はあ、わかりましたよ。それで手を打ちましょう」

それなら少しでもこれ以上噂が広まらない方を選ぶべきだ。ついにこらえきれなくなったため息が口からもれてしまった。

「やった」

「できれば無条件がよかったですけどね!」

「ほら、アドレスちょうだい」

相変わらず人の話を聞かない先輩にイラっとしつつ、いやいやアドレスを交換した。

「じゃあ今日の昼は旧校舎の下駄箱んとこで待ってて」

「旧校舎、ですか?」

御幸先輩が指定してきた旧校舎というのは、今は音楽室や美術室などの特別教室しか使われていない校舎である。青道高校の敷地の中でもはずれにあり、そういった授業がなければ間違いなく近寄らない場所だ。旧校舎という名にふさわしいくらいのボロボロっぷりで唯一旧校舎の付近だけ舗装もされていない。いくつか怪談話が生まれてしまうようないわくつきの校舎で、お昼?

「とっておきの場所があるんだ。楽しみにしてろよ」

いつもの人を小ばかにした笑いではなく破顔した先輩はくしゃりと私の頭をなで帰って行った。

「…」

「お、今日は御幸先輩帰んの早かったな」

飲みかけらしいペットボトルを差し出してくれた栄純にお礼を言ってスポドリを口にした。買ったばかりなのか冷たいそれはしゃべり疲れた喉をすっと冷やしていってくれる。

「ねえ、栄純」

「ん?」

「…御幸先輩ってさあ、笑うんだね」

「…はあ?」

「盲点だったなあ」

イケメンはずるい。

白い肌をさらけ出した