
声をかけるかすごく躊躇った。躊躇ったけれどこの教室においてお友達と呼べるのは今のところ彼だけであるので思い切って声をかけてみる。
「…何やってんの」
「ぎゃああああ!!百合!助けてくれ!!」
パシーン!!
「ざけんな!泣きつく前に一問でも解け!!」
「いやだああ!もう数字もみたくねえ!!」
「夏大前に追試になってもいいのか!」
「やだ!!」
「じゃあつべこべ言ってねえでさっさとやれ!!」
「それもやだ!!」
「馬鹿野郎!!」
パシーン!!
「…なんか大変そうだね。じゃ」
やっぱり見て見ぬフリをしようとそそくさと自分の席に向かおうとするとガシっと腰に栄純が抱き着いてきた。
「………いやいやいやいや、なにしてんの。まじで」
「…おれを見捨てんのか」
「ほ?」
「おれを捨てないでくれええええ!!」
「は?!」
ざわっとざわめきだす教室。やっぱりあの二人付き合ってたんだー。でもあの女の子二年の先輩と付き合ってるんじゃなかったっけ?たしかほら、沢村君と仲のいい先輩。じゃあ二股!?それで沢村君フラれちゃったんだー。なんかすごいねー。うんうん、大人の世界だね。
あちこちから聞こえる声。目の前でやっぱり…!みたいな顔してる金丸くん。
いやいやいやいやいや!
「お前えええ!!ふざけんなよお前まで私に友達作らせない気か!!柴咲百合ぼっち計画進行中ってか!!?上等じゃねえか表出ろゴラァ!!!」
腰に抱き着いたままえぐえぐと泣き喚いていた栄純をべりっと剥がして金丸くんに押し付ける。
「誤解を生むような言い方すんな!栄純のあほ!!もう知らん!!」
「すいませんでした!!ごめんなさい!!」
「……お前ら…、なんつーか壮絶な姉弟喧嘩だな…」
ドン引いてます、みたいな距離感でそんなことを言った金丸くんをみてもうこの教室で友達出来ねえやと悟ってしまった。さらば、私の青春。
「百合頭よかったろ?頼むよ、助けてください!」
「嫌。大体金丸くんに教えてもらってるんでしょ?私いらないよ」
「いやいや、俺一人でこいつの面倒見んの?」
放り投げた私に待ったをかけたのは意外にも栄純ではなく金丸くんだった。
「柴咲こいつと仲良いんだろ?手伝ってくれよ」
本当に申し訳ないって顔をして金丸くんがそんなことを言うもんだから少し、いやかなり驚いた。そりゃ夏大前だし栄純が追試なんて受けてる場合じゃないっていうのは十分すぎるほどわかっている。だから金丸くんにまで見捨てられるようならいつまででもとことん勉強を見るつもりでいた。口ではあんなことを言いつつも大切な友達のピンチである。放っておけるわけがない。それでも金丸くんに、と言ったのは金丸くんと私がほとんど話したことがないからである。何度も言うようだが私にはお友達と呼べるような関係にあるのは栄純しかいない。クラスメイトとも必要事項以外話すことはほとんどなく、かなり寂しい高校生活を送っている。けれど栄純はそうではないのだ。栄純はその明るい性格から友達も多いようだし、先輩からも可愛がられているように見える。金丸くんも栄純にとっては友達の一人であり、大切なチームメイトの一人であるだろう。そこに私が割って入るような度胸は生憎ながら持ち合わせていない。大体金丸くんもいきなり話したこともないクラスメイトが乱入してきても困るだろう。なので私は遠慮しておきますという意味で断ったのだが、まさか金丸くんが誘ってくれるとは。
「私も、いいの?」
金丸くんはきっとそんな私の思いに気づいている。気づいていて私を誘ってくれたのだろう。照れくさそうに「俺一人じゃこいつの面倒見きれねえからな」と肯定と受け取っていいだろう言葉を返してくれた。
いつも栄純に突っかかっていたり、それこそ入学当初栄純のことを「見習い部員」と呼んでいたり金丸くんと栄純は仲が悪いという印象しかなかった。けれどいつの間にこの二人は仲良くなったんだろう。しかもそこに私も誘ってくれるなんて。金丸くんのイメージが180度変わった瞬間だった。栄純と仲良くなったのもきっと金丸くんが歩み寄った結果であろうし、今回こうやって私を誘ってくれたのも、もろもろの事情があったとは言えいつまでたってもこのクラスに馴染めず宙ぶらりんなままの私を気にかけてくれたからなのではないだろうか。実はとんでもなく面倒見がよくていい人なのかもしれない。
くすぐったいような嬉しさが込み上げてきて頬が緩んだ。
「金丸くん、ありがとう」
「…何言ってんだ。迷惑かけてんのはこっちだろ」
「百合ありがとな!これで向かうところ敵なしだぜ!!」
「調子のんな!お前はさっさと問題解け!!」
くわっと吠えた金丸くんとピーピー言っている栄純の方がよっぽど兄弟にみえる。そのことにまたクスリと笑った。
「じゃあ私栄純に教えるところまとめておくよ。初日数学と化学だったよね?」
「おう、とりあえず数学はある程度教えとくから化学頼めるか」
「いいよ。じゃあ放課後ここでやろうか。今日から放課後の部活ないんだよね?」
「柴咲はなんも用事とかなかったのか?急に悪ぃな」
「ううん。今日はテスト前だからバイトも入れてなかったし。それに友達のピンチだもん、いくらだって付き合うよ」
「そうか。……」
「?」
テンポよく会話をしていたと思ったら急に生返事になったので首を傾げると、じっとこちらを見たまま金丸くんは黙ってしまった。じーっという音まで聞こえてきそうな凝視っぷり。あの…そろそろ穴開くと思うんすけど…。
「な、なに?」
「あー、いや。なんか柴咲ってやっぱりしっかりしてるっていうかまともっていうか…」
「は?」
言いにくそうに言葉を濁すもんだから何が言いたいのかさっぱり分からない。
「ほら、御幸先輩のこと派手にフったり沢村のテンションについていってるからヤベーやつなんだろうなって思ってたんだけど」
「……」
「案外普通なんだな」
「…………」
…………………………………なんですと?