「もう立ち直れない……」

「はっはっはっ!」

「笑い事じゃねーですよ!ヤベーやつって思われてる原因の半分は御幸先輩のせいなんですからね?!」

お昼休み。あれ以来律儀にもお昼は二人で旧校舎の屋上でとっている。晴れの日のように屋上のど真ん中で太陽の日差しを浴びながら、というわけにはいかないが、今日みたいなザーザー降りの雨の日でも校舎から突き出ている屋根のおかげで濡れることもない。むしろ梅雨なのだからこうやって屋上の隅っこで食べることがほとんどだ。初めて食べたときのような晴天の方が珍しい。ここ最近聞きなれてしまった降りしきる雨の音をBGMにぷりぷりと怒りながらご飯を食べていく。

「でも金丸と仲良くなれたんだろ?良かったじゃん」

「んー。あれは気を使ってくれたんだと思いますけどね」

「…お前ってすげーポジティブに見えて実はネガティブだよな」

「む。そんなことないっすよ、ちょーポジティブっす」

「はっはっはっ、嘘くせー」

(…嘘つきは御幸先輩のくせに)

その言葉はご飯と一緒に飲み込んだ。
私は御幸先輩が嘘をついていることを知っている。だが、本人は嘘をつこうと思ってついているわけでもないだろうし、その自覚もないようだ。ならばわざわざ指摘したりはしない。藪をつついて蛇を出すような真似はしたくなかった。

「でもあんまり男友達増やされても嫉妬で大変」

「ソーデスカ。何度も言いますけど御幸先輩と付き合うことはないですよ」

例の如く軽い言葉に返す文句もパターン化してしまっている。だが今日は御幸先輩はそのパターン化した言葉に疑問をぶつけてきた。

「それなんだけどさ。なんでそんなこと言いきれんの?俺のこと好きになるかもしれねーじゃん」

「そうですね」

「は?」

「確かに好きにならないとは断言できません」

箸を箸箱に戻して手と手を合わせる。いただきますとごちそうさまはきちんとするべきだ。膝の上に広げたお弁当箱をしまっていきながら話す順序を組み立てていく。

「でも付き合うことはありません」

「…どういうこと」

「私、恋愛感情っていうのがすごく苦手なんです。あの舞い上がって周りが見えなくなってふわふわしてる感じが。不安定になって自分を見失うのが、すごく怖い」

「…」

「だから付き合うならきちんと考えたいんです。彼氏が欲しいなって思った時に、ちゃんと相手の良いところも悪いところも全て知った上でこの人とならやっていけそうかどうかって考えるんです。それでもし相手もそうやって私のことを選んでくれたならそれ以上に嬉しいことはない」

「…難しいこと言うね。つまり、ちゃんと考えた結果、百合ちゃんは俺とはやっていけなさそうだと」

「んー、半分当たりです」

「半分?」

「ちゃんとは考えてないです。それ以前に御幸先輩のこと知らなすぎますから。でも、御幸先輩と付き合わないことは断言できます」

「…」

「なんでなのかは知らないですけど、御幸先輩は、その、私のことを気に入って下さってるでしょう?」

「…ああ、好きだよ」

「だからです」

「…は?」

「恋愛感情が苦手だって言いましたけど、同時に信用もしていないんです。あの舞い上がった状態で『好き』だの『愛してる』だの言われたって信用できません。そのまま付き合ったとしてもいずれ現実が見えてくる。その時にやっぱり無理だったって言われるくらいなら付き合わない方がいいでしょう?」

「…はっはっはっ、つまり俺が百合ちゃんのことを好きだから付き合えないって?」

実際の理由はそれだけではないのだが、それは話すべきことではないし話すつもりも毛頭ないので素直にその問いに頷いた。

「へえ、百合ちゃんは誰かに恋したことがあるんだ」

「…」

「だからそんなに臆病なの?」

核心をついた言葉だった。どう切り返そうか迷って、諦めた。なかったフリをするのも、言い訳を考えるのももう疲れてしまった。

「…ありますよ」

「…」

「もうあんな風に傷つきたくないんです」

「…」

「……わたし、自己保身に走るの得意なんですよ」

なにも言わない御幸先輩に耐えられなくなって言い訳じみたことを言ってしまう。それ以上目を合わせていられなくなって手元のお弁当箱に視線を落とした。

「馬鹿だなあ」

そんな言葉とともに落ちてくる大きな手のひら。

「なら、なおさら新しい恋しねえと。いつまでも引きずってるわけにはいかねえだろ」

ぽすん、ぽすん。「馬鹿だなあ」そんな言葉とともに降ってくる手のひらは思っていたよりあたたかくて優しい。言葉とは裏腹に声音だって柔らかい。
ひどいことを、最低なことを言っている自覚はあった。好意を向けてくれている人に対して自分の勝手な都合でよくも考えずにその好意を無下に扱っているのだ。本当ならふざけるなと怒ってもいいのに、なんで。

「…私、先輩のこと自分勝手な理由でふってるんですよ。優しくする必要なんて、ないです」

「恋愛なんて勝手なもんだろ。だから俺も勝手に百合ちゃんのこと好きでいるさ」

「っ、だから付き合わないって…!」

「そうだとしても、それは俺の諦める理由にはなんねえよ」

「…」

「大丈夫だって」

なにが大丈夫なんだ。
そう返したかったのに返せなかったのは。

血管が見えている。