きっと君は僕をうらやむだろう

私はこの世界に生まれ落ちた瞬間から「普通」ではなかった。

いわゆる前世、という物の記憶があったのだ。所々虫食い状態で人の記憶は全く残っていなかったが、知識や経験と言ったものはあらかた残っていたように思う。
日本と言う平和な国に住んでいて、目覚ましの音で目を覚まし人混みに揺られながら出勤し職場で一日を過ごす。家に帰れば美味しいご飯が用意してあって暖かい布団で眠る。そんなサイクルを繰り返す、本当に平凡で平和な毎日。
そんな記憶が私には存在した。
けれど、私が二度目に生を受けた世界は、そんな当たり前が当たり前として存在していなかった。私が生まれたのは調度あちこちで戦火があがるような物騒な時代だったようで、何処ぞの一族が滅ぼされただの田舎の方では食べ物が底を尽きて親が子供をたべてるだの、そんな事ばかりが家人達の口に登るような世の中だった。それに比べ、由緒ある家に生まれたので食べ物が底を尽きることも路頭に迷う心配もなく父に可愛がられていた私は確かに幸せだったのだろう。
けれど、私の屋敷の中での立場は頗る微妙な物であった。この一族の当主の長女として生まれたのだが、父様と所謂愛人との子だったようで一族は大手を振って迎え入れるわけにはいかず、かと言って他に跡継ぎもいない中追い出すわけにも行かない。そんな複雑な事情のせいで生まれたときから家人達には余所余所しく扱われたし、面と向かって穢らわしいと言われたこともあった。ただの赤ん坊だと思ってそんなことをしていたらしいが、生憎とこちらは成人の思考と学力を持ち合わせているのだ。やられたことも、言われた言葉の意味も理解できてしまう。
けれど父様だけはいつだって私の味方だった。優しい父様さえいれば私は前世の記憶に押しつぶされることも家人達の嫌味や暴言にめげることもなく幸せに生きて行けると、そう思っていた。
けれど、私は「普通」ではないのだ。
最初におかしいと気付いたのは誰だっただろう。私自身が気付くより早く一族の誰かが気が付いた様に思う。
数えで2つを超えてもまだ私は立つことすらできなかった。ようやく寝返りを打てるようになったばかりで、ほとんど大きさも生まれた時と変わらない。気付いた乳母が慌ててお抱えの医者を呼び寄せたが私は健康体そのもので、成長が遅い以外何の問題もなかった。
元々風当たりが強かった私はさらに迫害されていくこととなる。奇病ではないか、捨てられたあの女の呪いではないか、化け物なのではないか。捨ててしまおう、いやもう殺してしまえ。そんなことも言われたが、父様だけは変わらなかった。私が成長しないことに気付いても、そう、父様だけは変わらず愛してくれた。
それもまた「普通」ではないことだと気付くのはもっと後のこと。

ようやく自力で歩けるようになった5つの頃、弟ができた。この弟は父様と本妻との子だった上、男の子だったので私とは違い誰からも愛されて育った。これを期に私を追い出してしまえと言う声はさらに大きくなるのだが、父様がそんなことは許さなかったし弟にも――なぜかは知らないが――好かれていたので実際にそういう事にはならなかった。
追い出せと言う声が遠慮もへったくれもなく屋敷の中に蔓延することになったのは、弟の母が私を追い出したがった為である。父様の興味は常に私にしかなかったし息子も取られてしまうと思ったのだろう、中学生がやるような馬鹿馬鹿しい陰湿な虐めをほぼ日常的に受けていた。しかも直接的にではなく家人を介して、ご飯を抜かれたり物がなくなったり広大な庭のどこともわからない場所に放置されたり。最後のはもう二度と屋敷に帰ることなく死ぬのかと半ば本気で思った。ようやく自力で歩けるとは言ってもこんな小さな足では庭に放置されただけでも死活問題に発展するのだ。だいたいあれは庭なんて呼べる可愛い大きさの代物ではない。
そんなことがありつつも毎回父様や弟に助けられたおかけで無事に今も生きているし、私は「普通」の子供ではなかったのでうんざりはしたがへこたれはしなかった。まあ、意外としぶとく生き残ってしまった挙句父様や弟の注意は余計私に向くこことなってしまったのでさらに義母様の反感を買うこととなったのだが。

「しょうかしょうか」

「あっ、また一人で部屋から出たりして。あっちこっち泥だらけじゃないか」

「おとうとがうまれたってきいて」

「産まれたけど」

邵可は不自然に其処で言葉を切ると手拭いでせっせと私の顔や服についた泥を落とし始めた。一通り綺麗にして傷がないことを確かめると、私を抱え上げて歩き出した。

「全く。一人で部屋から出たらこういう目に遭うから僕が行くまで待ってろって言ったじゃないか。それかせめて父上を連れて出てくれ」

「でもとうさまおしごとしてたし、おとうとがみたくて」

「これ誰にやられたの」

「…しらないひと」

「またそれか」

君にかかればみんな知らない人になるね、なんて嫌味は聞こえないふりをした。これで怪我でもしていようものならこんなお説教では済まなかったな、と思わず遠い目をする。軽く一時間は膝を詰めてこんこんと嫌味の応酬を聞くハメになる所だった。
邵可はこんな幼子相手に至極真面目な顔をしていつも説教をする。邵可は私が「普通」でないことを知らない筈だし、邵可の自我が芽生える頃まだ私は赤子のような姿形だったので妹だと勘違いしていた筈。なのに時々こうやって大人を相手にするような言葉で話す。まるで知っているかのような行動をとるのだ。別に誰も隠してなどいないし、あちこちにそんな陰口や噂が溢れ返っているのだからいつ知っても可笑しくはない。
けれど、出来る事ならば知られたくはなかった。

「(可哀想)」

こんな化け物みたいなのが姉だなんて邵可が可哀想だ。父様もこんな欠陥品みたいな娘で可哀想。彼らは何も悪くない。私が「普通」でないことがおかしいのだ。義母様の嫌がらせを何の抵抗もなく甘受するのも仕方ないと思っているから。こんな化け物が自分の大切な人の周りにいるんじゃ排除したいに決まってる。義母様は何一つ間違えていない。

「(間違いは私自身)」

異端は排除するべき。それはとても人間らしい正常な行動。
異端を恐れるのも、憎むのもいつの時代だってどこの世界でだって「普通」のことだ。

「弟は今度母上の目を盗んで僕が連れてきてあげるよ。だから今は我慢して」

「うん。ちっちゃくてかわいいんだろうな」

「くしゃくしゃの猿みたいだよ、きっと」

けれど父様や邵可が例え「普通」でないことを知らないからだとしても、私を愛してくれる人がいる限りはここで生きていこうと思ってしまうのだ。
表紙に戻る