「今日はずいぶんと難しい顔をしてますね」

 言い換えれば、普段はずいぶん能天気な顔をしているということか。
 目の前に置かれたパンケーキから、それを運んできた店員へと視線を上げて、なまえは心外だと言わんばかりにため息をついた。

「……安室さん。私だってこう見えて、悩み多き大学生なんですよ」
「おっと、そうでしたね」
「……バカにしてます?」

 まさか、と笑う安室は仕事のためにカウンター内へと戻っていく。ランチのピークも終わり、まったりとした午後の時間のポアロには、客の姿はあまりなく店員も今は安室一人だけだ。

「あれ? 梓さんはいないんですか?」
「休憩中なので、もうしばらくは」

 あからさまに残念そうな顔をするなまえに「ひどいですね」と、苦情を述べる安室。しかしなまえはそれをスルーし、再び難しい表情へと戻る。彼女の頭の中は課題半分、それと悩み半分。
 まっさらなノートと向き合うこと十数分、ガタ、と目の前のイスが動く。見れば安室が目の前に。

「あ、安室さん!?」
「課題ですか?」
「そうです……って、仕事は」
「なまえさん以外、だれもいないので」

 そう言われて店内を見れば、窓際の席にいた老夫婦も、遅めの昼休みをとっていたサラリーマンもいなくなっている。「まあ、もうすぐ梓さんが戻ってきますので」と、安室は明るく笑い、なまえのノートを覗き込む。

「真っ白ですねえ」
「あはは……」
「……でも、その難しい顔はこれだけじゃないですよね」
「へっ!?」

 思わずおかしな声が出る。いつもの優しげな眼差しから一変、鋭い眼光になまえの声は裏返った。
 そういえば、彼は上の階の毛利探偵に弟子入りしたんだったっけ、と思い出し、なまえは「ヤバイ」と生唾を呑む。

「もしかして」

 思いのほかの至近距離に、なまえは無意識に呼吸を忘れる。

「……あ、あむ、ろ、さん」

 ようやく口から出た言葉は力なく、続きが出てこない。かろうじて視線だけが動き、シャツから覗く鎖骨を、頬にかかる横髪を、彼のすべてを目で追う。

「ダイエットですか?」
「……ふえ?」

 そっと耳元で聞かれた単語に、まるでパンパンまで空気を入れられた風船が、急に萎んでいくような感覚に陥る。
 離れていく安室の顔を見れば「あれ、違うんですか?」と、首を傾げている。さっきまでの緊張感が嘘のようだ。

「うーん、てっきりそうだと思ったんですけど。いつもなら、生クリームたっぷりのパンケーキなのに、今日はベーシックなパンケーキでしたので」
「いや、これはただの気分で……」
「残念。僕の推理もまだまだですね」

 肩をすくめて笑う安室はイスを直してカウンター内へと戻り、何食わぬ顔で仕事を再開する。そんな彼を眺めてから、ようやくパンケーキに手をつけたなまえは、やっぱり生クリームたっぷりのパンケーキにすればよかった、と添えられた苺を咀嚼しながら思うのだった。


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