「……海水浴?」
「そう! なまえさんも行くよねっ?」
「新しい水着、一緒に買いにいきましょうよ!」

 みちるとなずな、両名に迫られ、断れるだろうか? 答えは「ノー」だ。
 タジタジといった様子で、なまえは首を縦に振らざるを得なかった。ハイタッチを交わす二人は、善は急げ、と言わんばかりになまえの腕を引っ張る。

「ちょ、ちょっと待って!? 今から!? まだ仕事中……!」
「今日はもう閉店でーす!」
「ええ!? その、明日の準備も……!」
「あとで手伝うから!」

 あれよあれよとエプロンも剥ぎ取られ、みちるとなずな二人の勢いに負けたなまえは、ショッピングモールへと背を押されるのであった。

 モールへ向かう途中、スマホで新作水着をチェックする二人を前に、なまえも最新のトレンドとやらを検索する。
 しかし表示される数々の、彩り豊かで、生地の少ない水着にめまいを覚え、画面をオフにした。「(あんなもの、絶対に……ムリ!)」楽しげな二人には申し訳ないが、間違ってもあんな生地の少ない水着は、着られない。




 着られない。そう絶対に。
 狭い試着室で、みちるとなずなに渡された水着と向き合い、なまえは頭を抱え込む。「私たちが選んできます!」二人の言葉にうっかりOKを出してしまった彼女が悪いのだが、どうしてこうなった、と思わずにはいられない。

「ど、どうしようう……」

 派手な色ではない。真夏の青い空に似合いそうな、真っ白なそれは飾りもフリルも少なく、デザイン的にはなまえの好みであった。ただ一つ、生地の少なさを除けば。いわゆる、ビキニタイプの水着で、頼りない紐はなまえの恐怖心を煽る材料でしかない。
「なまえさん、どうですか?」試着室の外では、二人がまだかと待ち構えている。逃げ道はない。ちなみに二人はお揃いで色違いのかわいいワンピースタイプを選んでいる。

「私もワンピースタイプがよかった……!」

 それならいくらフリフリだろうと、ガマンしたのに。膝から崩れるなまえの耳に、外で待機しているみちるたちの話し声が届く。

「あ。士郎さんも海水浴、来るって」
「マジ? 来ないと思ってた」
「なまえさんがいるからじゃない?」
「なるほど」

 外の会話になまえは肩を震わせる。
 彼の前でこの生地の少ない水着を着るか、年甲斐もなくフリフリ水着を着るか。ごくり、ノドを鳴らしてなまえは考える。

「そんなの……ムリ……!」




 まぶしい太陽と、青い空、そして波の音。まさに海水浴日和。訪れた砂浜は海水浴客もまばらで、さながらプライベートビーチである。

「……晴れてよかったな」
「そ、そうです、ね」

 大きなパラソルを抱え、反対側の腕にはクーラーボックス。もはやただの荷物係を任されている士郎は、大した文句も言わずに歩きにくい砂浜を進む。

「重たかったですよね。すみません」

 軽食とおやつが入った軽いカゴを持つなまえは、適当な場所にパラソルを突き刺す士郎に謝った。彼もまた海パン姿ではあるが、この様子ではきっと波で足を濡らすことなく終えるだろう。
 一方で、すでに海へとダイブしているみちるとなずな。士郎は二人を眩しそうに眺め、「気にするな」と足で砂を固めてパラソルを固定する。

「それより、あんたも遊んでこなくていいのか?」
「ええ!? いや、私は……」
「……水着、買ったんだろ?」

 なぜそのことを。と思ったが、みちるが言ったのであろう。じろり、と士郎の視線を受け、なまえは変な笑い方をする。

「そんな人に見せるほどでもないので」
「そうか。楽しみにしてたんだがな」
「えっ?」
「……みちるが」
「あ、ああ、みちるちゃん……」

 士郎も来ると聞き、なんとなく浮かれていた自分に恥ずかしさを感じる。彼が作ったパラソルの影に入り、すっかりなまえのことなど忘れている女子二人を羨ましそうに見つめる。あれくらい若ければ、もっと自信もあっただろうに、と。
 ため息をつきかけた瞬間、ザザッと音がして、固定したばかりのパラソルが大きく傾く。青く光る波が見えなくなり、はしゃぎ声も少し遠く感じる。

「大神さん?」
「これなら、誰にも見られないだろ」

 ほぼ貸し切り状態の砂浜で、見える範囲に人影はない。パラソル越しにみちるとなずなの声は聞こえるが、二人は海水浴に夢中だ。
 影がなくなり、ジリジリと太陽が肌を焼く。それと同じくらい熱く溶けそうな視線がなまえに注がれる。断れる雰囲気ではない。

「……わ、笑わないで、くださいよ」
「ああ」

 意を決し、するり、と脱いだ上着の下は、あの時みちるとなずなに選んでもらった白いビキニ。頼りない紐を気にしながら「やっぱり恥ずかしい!」と、脱いだばかりのパーカーに手を伸ばす。が、その腕は士郎に掴まれ、パーカーは砂浜に落ちてしまう。

「!?」
「似合ってるよ」
「っ、あ、ありがとう、ございます」
「でも、他のやつに見られるのは惜しいな」
「それって、」

 そういうや否や、パーカーを肩に羽織らせ、隠せというジェスチャーをする。パラソルが元の位置に戻るのと、なまえの耳に元気な声が届いたのは、ほぼ同時だった。

「なまえさんも、遊びましょう!」
「士郎さんも、って、士郎さん暑くない!?」
「平気だ」

 驚くみちるにつられ、士郎を見れば、いつの間にか獣人化している。むっすりとした顔からは、暑いかどうかは分からないが、見た目が暑い。
 ふと、ぽん、と背中を軽く叩かれる。そっと覗くと士郎のふさふさとした尻尾が揺れて、視線を上げると目が合った。

「……もう少し、休んでからいくね」
「ええ〜。せっかくの海なのにい」
「まあいいじゃない、みちる。あとで絶対、来てくださいよ!」
「うん。分かった」

 水分だけ補給して、二人は再び海へと向かう。若いなあ、と呟くなまえの隣で「あんたも充分、若いけどな」と長生きの狼が言う。

「そりゃあ、大神さんに比べたら。でも、大神さんよりは器用ですよ」


空に溶ける、遠い海の波
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たぶん同設定で続くかも。
時間軸はアニメ後、アニマシティに移住した人間です。仕事は移動販売のドーナツ屋さん。