彼女に会ったのは、ずいぶんと久しい気がして、イルカは思わず「なまえさん、お久しぶりです」と声をかけた。が、そういえば先週もここら辺で見かけたような気もするな、と今更ながら思い出す。
しかし振り返った彼女も「お久しぶりです」と微笑んだので、きちんと顔を見て会話するのは久しぶりだったようだ。内心、ホッと息をついてイルカは笑みを浮かべた。
「今日は休みですか?」
ベストは着けているが、見たところ普段着。いつもは邪魔にならないようにまとめている髪も、今日はおろしている。
こうしていると忍だとは思えないほど、素敵な女性だと、イルカはこっそりと思う。
「ええ、久しぶりに。でもすることもなくって散歩を」
「なるほど。じゃあ、あそこで一緒にお茶でもどうです?」
そう言って指差したのは、最近できた甘味屋。イルカの教え子であるサクラやイノたちからは、すこぶる評判の良い甘味屋で、実際、今も店の外には小さな行列ができている。
「気になってるんですよね?」
「うっ、バレてましたか……」
照れ笑いを浮かべる彼女の視線は店に釘付けで、これを気付かずにいるのは難しいというものだ。それに加えて彼女は大の甘党、きっとこの休暇を心待ちにしていたに違いない。
「実は……俺もちょっと気になっていたんですよ」
というのは口実に過ぎない。それでも彼女は「ですよね!」と、目を輝かせて列の最後尾へと並ぶ。アカデミー時代からの憧れ、その人の嬉しそうな姿に頬を緩める。
「イルカさん、早く!」
手招きをする彼女はまるで子供で。「急がなくっても、逃げませんよ」わざとゆっくりとした足取りで、イルカはなまえの隣へと並んだ。
砂糖はビン底にて
title 約30の嘘