「石田様、」
「…そう呼ぶのはやめろと言ったはずだ」
「はいはい、三成様」
「……なんだ」
「まだ、肝心の言葉をいただいていません」

なんの話だ、と真面目にすっとぼけている三成様。
私は一週間前のあの日、三成様の部屋に連れて行かれた後、仲直りをし、美味しくいただかれた。
ただ、言われていない言葉があった。

「だーかーらー、結婚しようって言われてないってことです!」
「なッ、貴様!そのような恥ずかしいことを私に言わせる気か!?」
「恥ずかしい、って…私達もっと恥ずかしいことしましたよ」

私のイメージしてるこの時代って、お殿様とお姫様が結婚したその日の夜に初めての夜を迎える…と思ってたから、なんだか順番が逆になってしまったなーって思ったのが、この無茶振りの発端。
ていうかそもそもこの人私と結婚する気あるの?っていう不安からの無茶振りっていうのもある。

「三成様は私のこと愛してるんですよね?」
「〜〜ッ、ああ!そうだ!」
「じゃあ、お嫁さんにしてくれます…よね?」
「き、貴様を」
「貴様を?」
「石田名前にしてやる、と言えば満足か!」

耳まで真っ赤にして、思ってたのとはちょっと違うプロポーズをしてくるもんだから、堪えきれず笑ってしまう。
すると、何を笑っている!と照れ隠しで睨みつけてくる三成様が居て、更に笑ってしまった。

「何がおかしい!」
「いえ、三成様らしいなって思って!」

そう言って笑えば、三成様は大抵許してくれる。
ついこの間までは知らなかった三成様のことが、どんどん分かるのが嬉しくて仕方がない。

「やれ、名前よ」
「大谷様〜〜!!」
「久しいなァ」
「朝餉の時間に会ったばかりですよ、もう!」

あれから変わったことと言えば、いつ三成様に私の出自…というか、異世界から来た人間ですということを話そうか、とタイミングを伺うようになったり、1日の大半を大谷様の部屋で過ごしていたのを三成様に咎められ、今度は三成様の部屋でだらだらするようになったくらいだ。
大谷様が1人になったら寂しいだろうと思い、一応抵抗はしてみたが、思ってたより嫉妬深い三成様はそれを許してはくれず、結局朝餉と夕餉を運ぶ仕事のみを許された。

「三成よ、ちょいと話を聞きやれ」
「刑部、どうかしたのか」
「いやなァ、そろそろ話しておかねば、と思うてな」
「…私のこと、ですよね」
「ぬしはおそらく自ら言えぬと思うてな、老婆心よ」
「全くもってその通りです…」

そして、大谷様は私と初めて出会った日のことを、嘘偽りなく語り始めた。

「…というわけよ。拾って来たわけではない」
「三成様に、言えなくて…隠しててごめんなさい」
「突然、現れた…か」

前の三成様なら、きっと世迷いごとを、と切り捨てていただろうな、と思う。
こんな時に思うことではないかもしれないけど、少しでも信じてくれて、考えてくれることが、とても嬉しかった。
そんな三成様に嘘をつくのは嫌だ。意を決して本当のことを話すことにした。

「私、大谷様にも黙ってたんですけど、記憶喪失じゃないんです」
「ヒヒッ、それは知らなんだ」
「私は、400年先の未来から来た異世界人、です」

2人の目が、こちらを掴んで離さない。
どちらを見ればいいかわからず、俯く。

「まァ、そんなことであろうと思っておったわ」
「別の世界から来ようが、貴様は貴様だ」
「……頭のおかしな人達ですね…」

2人に初めて会った日に言われたことを言い返す。
すると、2人は意地悪そうにこちらを見つめてきた。

「われはそろそろお暇しよ、あとは2人で話し合いでもしやれ」
「刑部、すまないな」
「気にしやるな」
「大谷様、また夕餉の時間に!」
「あいわかった、楽しみにしておこ」

大谷様が居なくなった途端、三成様は私を強く抱きしめた。

「名前ッ…」
「三成様?どうしたんですか?」
「突然現れた、ということは、いつ消えるかも分からんのだろう」

ああ、それで三成様はこんなに震えているんだ。
一週間前に私を遠ざけようとした人と同一人物とは思えないなーなんて、顔が見えていないことをいいことににやける。

「私の許可なく消えることを、許しはしない」
「帰りますって言ったところで三成様帰してくれないでしょう」
「当たり前だ、貴様は私のものだ」
「大丈夫です。三成様に消えろと言われない限りは帰れません」

本当は、分からない。もしかしたら今消えるかもしれないし、そもそもこれは夢かもしれない。
でも、私はここに居たいと思っている。三成様と大谷様の居るこの世界に居たい。
それだけで、この世界に存在する理由になっている。理由がなくならない限りは、ここに居られるような気がした。

「…そうなのか?」
「そんな気がします」
「ならば、一生私の側にいろ」

……不意打ち。プロポーズを強請った時は、あんなにシンプルなプロポーズだったのに、今は王道ではあるが、乙女が一度は言われたい台詞をサラッと告げてきた。

「み、三成様〜〜っ!!」
「ぐっ、なんだ!」

それが、求婚ってやつですよ!そう言えば、三成様はあいも変わらず耳まで真っ赤にしながら、煩いッ!と睨んできた。

これが、これからの日常になる。
なんだか嬉しくって、三成様に飛びついた。


「三成様、大好き!」


Phalaenopsis
(幸福が飛んでくる)