この町の名前は長谷津。ハリボテのお城と、温泉があることくらいしか誇れるところがない、しがない田舎町だ。

「勇利、おはよう」
「あ…名前ちゃん、おはよう」

そして、目の前にいるこの男は、日本スケート連盟でただ1人の男子シングル特別強化選手である勝生勇利であり、私のことを過去にフった男でもある。

「今日も、借りていいかな」
「もちろん!勇利くらいしかお客さん居ないしね」
「いつもありがとう…あれ、優子さんは?」

あれはまだ私達が小学生だった頃。勇利をスケートに引き込む優子、優子に惹かれてスケートを頑張る勇利、勇利に優子を取られるのが面白くない豪、スケートを頑張っている勇利に惹かれる私…今思えばものすごく複雑な関係だったが、私達はきっと、恋をしていた。

『勇利、あのね…』

意を決して告げた言葉の返事は、ごめんだけだった。

「たぶん9時過ぎには来るんじゃないかな」
「そっか、優子さん来たら教えてくれるかな。見せたいものがあって」
「分かった、来たら伝えとく」

結局、あれから優子は豪と結婚して三姉妹を授かった。今はこのアイスキャッスルはせつであの頃のように3人仲良く働いている。
勇利にフラれたのはもう15年も前の話だし、フラれた直後こそ気まずかったものの、結局このアイスキャッスルはせつで嫌でも顔を合わせないといけなかったため、すぐに気まずはなくなった。

「名前ちゃん、おはよー!」
「「「おはよー!」」」
「おはよう優子、三姉妹もおはよう」
「優子、勇利来てるよ。なんか見せたいものがあるって」
「えー!なんだろ?名前ちゃんもリンク行こ!」
「受付は?」
「どうせ誰も来ないよ!」

そうして、私達は伝説の始まりを生で見ることとなった。