静寂な挨拶


「アルハイゼン、何故彼女の復学申請を却下した。書類に不備は無かった筈だが……仮にも同じ知論派だろう」
 執務室から出ようとした時、中に入ってきたセノは不機嫌な様子でアルハイゼンにそう問い質した。
「大マハマトラの君が突然俺を訪ねてくるのも珍しいが……復学申請?何の話だ」
 心の底から分からないと言った様子でそう返すアルハイゼンに、ひとつ息を吐いてセノは改めて問いかける。
「最近、休学していた学生の復学申請が提出されたはずだが……何故か却下されたと聞いた。お前がどういった理由で却下したのか理由を聞こうじゃないか」
 セノの説明に手を当て暫し考えたアルハイゼンは、一言ああ、と零しながら何の悪びれもなく説明を始める。
「最近の申請をまとめて却下した覚えならある。その中にその復学申請も紛れていたのだろう」
「……お前ってやつは…」
 苛立ったようにアルハイゼンを見つめるセノはこれ以上は無駄だと緩く首を振り、背後に向かって声を掛けた。
「君の書類に不備は無かった、この書記官が手違いで却下しただけのようだから……次はコイツに直接手渡すといい」
 ちらりと後ろに視線を向ければ、今までセノの背後に隠れ気が付かなかった女性の姿が見て取れる。
 不安そうな様子でこちらを見つめていた彼女は、セノの言葉にこくこくと何度も頷いただけでこれといって特に何も言わない。
「彼女がその復学する学生か?あまり記憶に無いが」
「お前が何処まで教令院の学生や学者を覚えているかも怪しいものだが……まあ、ルゥルアは殆ど休学していたからな、知らない者の方が多いだろう」
 ルゥルア、と呼ばれた女性は戸惑った様子のままアルハイゼンにぺこりと軽く会釈する。
その様子をじっと見ていたもののこれで要件は終わっただろうといった様子でアルハイゼンは執務室の戸を開けた。
「次は紛れないように気にしておこう。もう用は済んだか、俺もこの後予定があるんだ、ここを閉めたいんだが」
「……はあ、また却下される事があったら直ぐに俺に言ってくれ、次は注意だけでは済まないようにしておこう」
 困ったような表情で、曖昧に首を傾げたルゥルアはその日最後まで自分の意見を述べること無くセノの後に続いて執務室を後にした。


 ──数日後、知恵の殿堂でアルハイゼンが本を読んでいればトントン、と肩を叩く感覚がした。
 顔を上げれば目の前に居たのは以前セノと共に復学申請について尋ねてきた女性、ルゥルアである。
「俺に何か用か?」
 一言そう問いかければ、彼女は強ばった顔のままアルハイゼンの前に大きな封筒を突き出した。
 それを受け取り中身を見れば、封筒は復学に関する書類だと直ぐに分かる。
「本当に直接持ってきたのか。まあいい、また誤って却下してしまうと面倒な事になりそうだからな……このまま預かろう」
 アルハイゼンが受け取ったのを見れば、ルゥルアは安堵したように顔を綻ばせて深く頭を下げた。
「所で、以前も気になったんだが君は何故一言も発さない?わざわざセノが同行しているのも理解し難いが、復学申請くらいなら自分で……」
 率直な疑問をルゥルアにぶつけだしたアルハイゼンは、再び差し出された一枚のカードを読んで言葉が消えていく。
 本と同じくらいの大きさのそのカードには、丁寧な字で簡素な一文が書かれていた。

『魔鱗病の影響で声が出ないので、筆談で失礼します』



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