朔間零
※ロリコンっぽい
結局どうして俺は公園なんかにきているのか。ベンチに座る俺の眼の前で行われているやりとりに、退出の機会を逃した自分を呪ってやりたかった。
小学生の……高学年だろうか? その男女がふと俺の目の前を横切ったのは数分前。顔を紅潮させた少年に手を引かれ、少女はその手を忌々しげに見つめていた。もしかして、と思ったときには既に遅かった。一方的に始まった少年の愛の言葉の応酬に頭を抱えてしまいたかった。
「好きです! 俺と付き合ってください!」
「……」
「なまえちゃんのこと好きだよっ!」
「……」
どうしようか。すっかり困惑してちらりと二人組を見遣ったところ、少女はこちらを見つめていたようでぱちん、と視線が重なった。
――俺はどうしてこの視線に気付かなかったのか。他人でもその少女の性質を表しているとわかるほど曇りのない、凛とした瞳。少女の双眸に胸を撃ち抜かれたような気さえした。
ぞわり。
瞳だけでない。年齢にそぐわない非常に整った顔立ちに思わず息を呑んだ。美貌を全面に押し出した顔立ちのどのパーツも、彼女を一層美しく引き立てるようにそこにあった。俺の背中を何かが駆け上がった。
気持ちのいいような涼やかな瞳は俺に興味をなくしたようだ。深く鬱蒼とした色の瞳が不意に少年に向けられた。それが少し気に食わなかった。
少女は公園の入口を、小さな手のひらの細い人差し指で指し示した。瑞々しく淡い血色の唇は小さく動き、言葉を紡いだ。限りなく無に近い表情の少女はどのような甘美な言葉が紡ぎ出すのか。俺は知らぬ内にじっと耳を澄ましていた。
「――しつこい、帰れ」
幼く愛らしい声音に似合わない、拒絶。可愛らしい音に紛れ鋭い針を突出させた言葉に俺は自分の耳を疑った。近頃ストレスで洋楽をヘッドホンから大音量で垂れ流していたせいだろうか。ああ、どうすればいい。混乱している。
目を白黒させ、ついに二人を、いや美しい少女を見つめていた。子供らしさの欠片もない。挑発的に瞳を細める仕草は、彼らのような子供がするようなものではない。
泣きじゃくりながら一目散に出口へ駆ける少年に気が付かないほどすっかり少女に目を奪われていた。「ばいば〜い」と感情の籠もっていない言葉とともに少女は可愛らしく少年の背中に手を振っている。少年が敷地から一歩出た途端、お腹減ったなあと先程までの出来事などなかったように欠伸をしたが。
あ、と入り口を向いていた少女がくるりと身軽に振り返った。甘い匂いを撒き散らし、艷やかな黒髪が揺れる。人を引きつける魅力的な微笑みを湛え、少女は俺の前に踏み込んできた。
「思索の邪魔しちゃってごめんなさい。でもしつこいあの子が悪いの」
だから怒らないで。少女はあざとく小首をかしげ唇の前で柔らかそうな指を合わせた。……謝罪のつもりなのだろうか。
「いや、俺の方こそ悪かったな。せっかく真面目な告白シーンだっつ〜のに水差しちまった。あの子にも謝っといてくれよ」
「可能ならそうするよ」
「それにしても……ははっ、いい性格してんなお前。ガキンチョの癖にあんな振り方してやるなよ? お友達もできなくなっちまうぞ〜」
「痛っ」
デコピンを食らわせ、痛む額を不満げに撫でる少女をからからと笑う。そろそろ帰ろうかと思い、立ち上がる。むう、と俺の様子が気に食わないのか頬を膨らませ少女は俺の爪先を踏んづけた。華奢なせいで全く痛くない。
「そもそもそんなのいない。かく言うまともなお友達いないお兄さんには言われたくないなあ」
「……」
「わあこわ〜い」
飛び跳ねて身を翻した少女の首根っこを掴み、目線まで上げる。
「聞き捨てならね〜なおい。確かに変人ばっかだがみんないいヤツだからな〜……って、は?」
「ん〜? あなたが朔間零でアイドルさんでお友達がいないってなんで知ってるかって?」
俺は絶句した。それに対して少女はよくぞ聞いてくれました、とばかりに瞳を輝かせている。いや、聞いてないが。
「……ファン?」
「お兄さんお顔綺麗だけど頭悪いの? そっちの業界とか全く興味ない」
「褒めるか貶すかどっちかにしろよ」
「それは難しい……」
ポケットに突っ込もうとした俺の手を少女はすかさず掴んだ。両手でぎゅう、と握り込みそっと瞼を伏せる仕草はまるでなにかを願っているようだった。
「やっぱり、……こんなの不気味だよね〜」
唇を結び、眉を下げる少女の言葉は僅かに震えている。心の底で密かに思ったことが、目の前で引きずり出された。
「まあでもお兄さんも大概か〜……。ええと、魔王サマなんだよね?」
ちょっと痛いね、そっちの業界ってそーゆーの流行ってる?…と学院での通称を指摘する。なんでこいつ知ってやがる?
「私ってば可愛いだけじゃなくて、接触してる人の心まで読めちゃうからね〜。お兄さんの思ってることわかっちゃうよ、ってわあ」
俺は首根っこを離し、尻餅をついた少女を覗き込んだ。不思議そうに見つめ返す少女の瞳は綺羅星のごとく輝いている。
「……マジ?」
「うん、超不気味でしょ」
……。
「馬鹿かお前、んなわけね〜だろ? お友達になろ〜ぜ、お前も俺様ちゃんの変人付き合いに仲間入り〜!」
「それはやだ! まだ変人にはなりたくない〜!」
「もうお前は変人だろ〜! お友達第一号いらね〜のか?」
「いるっ! お友達欲しい! 変人なお友達でもいい!」
嬉しそうに少女はぴょんぴょん飛び跳ねる。柔らかく顔を綻ばせ、飛びつかれた。
別に嬉しくないからな、うん。
俺、アッチ系じゃね〜から。