少女フランソワのデウス・サーカス




「今晩は、今日も素敵な夜ね!」
 ロマンチック・チュチュを身に纏った少女が楽しげに言いました。
 彼女の名前はフランソワ。腰まであるプラチナブロンドと、すみれ色の瞳が神秘的な少女です。
「今夜もお客様に素敵な時間を過ごしていただけるよう、頑張っていきましょうね」
 少女フランソワはそう言って幸せそうに笑いました。
 彼女はデウス・サーカスの若き座長です。サーカスの中では一番若い末っ子ですが、人を楽しませたい思いは人一倍強いので、座長という大変な仕事を立派に勤め上げています。
 毎夜開演前には、踊り子顔負けの煌びやかな衣装を身に纏って演者みんなに挨拶をして回ります。
「踊り子のニンフたち。いつも通り美しく舞ってちょうだいね」
「ピエロのクロッカス。演じるのは悲劇じゃなくて、とびきりの喜劇でお願いね。まあ、つまり、いつも通りよ」
「空中ブランコのアポロンとアルテミス。頼むわよ、落っこちないでね! 特にアルテミス、イカロスと同じ轍は踏んじゃダメよ。あの高さから落ちたら流石に修理できないわ」
「天才ジャグラーのヘカトンケイルたち。腕は鈍ってないかしら。コットス、ブリアレオース、ギューゲースの順に腕を動かしてみてくださる? ……問題なさそうね、よかったわ」
「猛獣使いのレディ・アテナ。動物たちのご機嫌はいかが? あら、蛇さんの動きが鈍いわね。お手入れしてあげなくちゃ」
 そんな風に、順々に団員たちに声をかけていきます。
 そうして全員に声をかけ終わった後、フランソワは舞台裏の一番奥まで歩いて行きました。
「よーし、それじゃ、今日も張り切っていきましょう!」
 舞台裏の一番奥。お客さんからは絶対見えないこの場所には、このサーカス一番の秘密が眠っています。
 秘密の正体は、床から生えた大きなぜんまい螺子。フランソワは金古美に光るそれにてをかけて、ぐるぐると螺子を巻き始めました。
 ちょうど五百回、ぜんまい螺子を巻き終えると、フランソワはぱっと手を離します。
 ゆっくりと、ゆっくりと、ぜんまい螺子が巻き戻り始めます。
 そして。その瞬間、ゆっくりと演者たちが動き始めました。
 かりかりかりと、歯車が軋む音を立てながら。
 それぞれが問題なく動き出したことを確認すると、フランソワは舞台へと躍り出ました。
 数多の観衆へ、恭しく頭を下げ。気取った声で、叫びます。
「レディース・アンド・ジェントルメン! ようこそ、機械仕掛けの神が座す、フランソワのデウス・サーカスへ!」



初出:2020年11月 Twitter企画「 真夜中の廻転曲馬団


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