無題




 深夜の道をとろとろと歩いていたら、いつの間にかコンビニにたどり着いていた。
 寝巻きのスウェットを纏っただけの身体に冬の寒さはあまりに厳しい。私は自らの肩を両腕で抱きながら、暗い中で煌々と光るコンビニに逃げ込んだ。
 幸いにも、ポケットにはちゃんと小銭入れが入っていた。昼夜問わず徘徊する癖のある私は、小銭入れにはいつも必ず万札を入れている。
 人間の欲望を鏡のように映す商品棚の間を回遊し、大して好きでもないホットドリンクを手に取った。
 レジへ並んでいる間に、ふとおにぎりの棚が目に入る。
 鮭、梅干し、昆布、おかか、そして、明太子。
 私はふと、明太子のおにぎりを手に取った。
 甘ったるいミルクティーと明太子おにぎりの組み合わせはどこか異様だったけれど、深夜勤のコンビニ店員はそのミスマッチさに興味など一ミリもなさそうだった。そんなことより、小銭トレーの上に鎮座している万札の方に目がいったらしい。三百円ちょっとの買い物に万札を出しておいて、ごめんなさいの一言もないことに腹を立てているらしかった。
 レジ袋もレシートもいりません、という声は、喉の奥につっかえてうまく出てこない。首を軽く横に振れば、意図は概ね伝わった様だった。よくできた店員さんだ。
 私は両手にペットボトルとおにぎりを持ってコンビニを出た。
 来た時と同じように、とろとろと歩いてどこかへ向かう。
 相変わらず寒さは身を刺すようだったけれど、片手にホットドリンクがある分、幾分かマシな気がした。
 私はいつの間にかたどり着いていた公園の、蛸の形をした滑り台に登った。蛸の脳があるべき場所に屋根のついた空洞があって、そこは、この街に引っ越してきてからずっと、私のお気に入りの場所だ。
 街灯の光からも隔絶された夜闇の中、私は膝を抱えて座り込む。
 胸と太ももの間にミルクティーのペットボトルを挟めば、寒さがほんの少しだけ和らぐような気がした。
 私は、おもむろにおにぎりのパッケージを開ける。三角形の、海苔がしなしなにならないように配慮された、ありがちなパッケージだ。
 黒々としたおにぎりをじっと見つめた。この黒の中には真っ白な米が詰まっていて、そのさらに奥にはピンク色の明太子が詰まっている。
「劇物」
 私はぽつりと呟いた。
 私の手の中にあるこれは、劇物だ。
 私に取って、明太子というものは毒と同じだ。
 魚の卵というものに対して、私の身体は強烈なアレルギー反応を示す。
 喉の奥がヒリヒリと痺れ、腫れ、呼吸ができなくなる。唇がパンパンに膨れて、血豆のようになる。
 私にとってこれは、劇物と言って差し支えない。
 コンビニで買える、安価な劇物だ。
 私はほんの少しの躊躇いの後、おにぎりをぱくりと頬張った。


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