薬草のきつい匂いにも慣れてきた頃合い。
この身を締め付ける包帯も少なくなってきた気がする。
あれから少し、季節が巡った。
獣、エギュンの身体についた生々しい傷もすっかりと癒え、日常生活を過ごすくらいは動けるまでに回復した。
しかし、喉の火傷はなかなかどうしてあまり治る事は無く、もう暫くは相変わらずの筆談と身振り手振りの会話が続くだろう。

「"花の水やり、終わりました"」
「わっわっ、何なに?あっ、エギュンさんか!」

物質界、というよりは祓魔屋での生活にすっかり慣れたエギュンは今日も広い庭の草花に水をやり、念入りに手入れをしていた。
こういう作業をこなすような暮らしは、楽ではないがとても楽しい。
偏に環境が良いのだろう。
少し離れた垣根を揺らせば、頭に葉を散らしたしえみが顔を覗かせた。
朝からこうして、二人で庭いじりをしているのだ。

「"次は何をします?"」
「うーんと……あれっ、もうこんな時間なんだ?先にエギュンさんの包帯、変えちゃおう!」

ぱたぱたと駆けたしえみが縁側から覗き込んだ居間の古時計は、ぴったりと針を真上に合わせて低い音で歌っている。
十二時になるらしい、もう昼時だったのかと驚いた。

「"おや、それじゃあお願いします"」
「はあい!エギュンさん、こっちに座って!」

階段棚から包帯や消毒の瓶を取り出すその背中を見ながら縁側に腰を据えた。
――傷だらけのエギュンを拾い、生きていて良かったと泣きながら笑っていたしえみとの関係はいたって良好に思える。
少しばかり前に悪魔と一悶着あったらしいしえみは、自身の身を守る術を身に付ける為にも祓魔塾に通っていると聞いた。
こんな穏やかな娘が祓魔師を……、こうして自身に処置を施す様を見ていてもそうだとはまるで信じ難い。

一度だけ、ほんの気まぐれで何故己を祓わないのかと聞いたことがあるのだが。
貴方を祓うわけがないでしょう、とひどく傷付いた顔で静かに怒りを滲ませたのを見て以来、その理由を探すことも無くなった。
エギュンには無縁である筈の情を感じる怒りに、少しだけ心が躍ったのは彼女には秘密だ。
それこそがエギュンが求めてやまない縁なのだと。

「火傷、少しずつ良くなってるね」
「"本当ですか?良かった"」
「エギュンさんはどんな声をしてるんだろう」
「"治ったらいくらでも聞かせてあげましょう。特別ですよ"」
「えへへ、楽しみだな」

清潔な香りを纏う包帯を手際良く巻き終えたしえみが、くつろぎ始めたエギュンの隣に腰を下ろす。
二人で我儘を言って、お揃いで仕立ててもらった薄い水色の浴衣の裾がそよいだ風に揺れた。

「あのね、そろそろ紫紺野牡丹の植え替えをしようと思うの」
「"あの紫の花ですね"」
「うん、エギュンさんが好きって言ってた花……後で手伝ってくれる?」
「"はい、もちろん"」
「ありがとう!」

へらりと微笑むしえみにエギュンも良い気分だ、と笑い返す。

「仲良くなったもんだねえ」
「あっ、おかえりお母さん!」
「"お帰りなさい、かりん。庭の手入れ、終わりましたよ"」

瑞々しい雫を滴らせながら牡丹が光を跳ね返す。
冷たい風が吹いた。
もうすぐ夏がやってくる。
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