「兄さん」

店の中に一つ声をかける。
何時もの事ながら、返事はない。
半分だけ開いた硝子戸を背に振り向くと、探しびとの姿を求めて店の軒先をうろつく男と目が合った。

「きっと中に居ますから、着いてきてください」
「あああ、佐吉君っ!ありがとう……!」
「いえ、いえ、兄が面倒をお掛けします……」

近藤と名乗る彼は兄の友人で、雑誌の編集者をしていると聞いていたが。
申し訳なさそうに眉を下げた彼は、どうしてか、兄からは毎度このような扱いだ。
外套を翻し、からりと硝子戸を通り抜けて店の中に入る。
蔵書物が所狭しと並んだ店内、しんとした通路を進んでいくと、奥のカウンターに人影一つ。
少年はか細い声で再び兄を呼んだ。

「兄さん」
「……なんだ、佐吉」
「いるのなら返事してよ。お友達の近藤さんが表に来ていたけど」
「またあいつか……」

読んでいた書物からきもち視線を上げ、煩わしそうに舌打ちをした兄を同じく視線を投げて諌めた。
そこに、佐吉の背後で様子を伺っていたけたゝましく近藤が飛び込んでくる。

「物部さん!やっぱりいるんじゃないですか!」
「……チッ」
「舌打ちしないで下さい!……ああっ!そんな事よりっ、すごい情報が入ったんですよ!」
「お茶をお持ちしますね」
「ああっ、佐吉君!お構いなく!ありがとう!」

世紀の大事件だなんだと騒ぐ近藤さんは、鞄から自社の雑誌を取り出してカウンターに広げる。