あの戦を切っ掛けに、豊臣軍は目に見えて弱っていった。
藤が言うには、豊臣秀吉だけでなく軍師の竹中半兵衛と言う男も同時期に亡くしているらしい。
残ったのは亡き二人を崇拝していた"石田三成"と、その友である大谷吉継。
"石田三成"の部下の島左近や、謀反を企み地下に放り込まれた黒田官兵衛。
決して纏まりがあるとは言えない、これでは烏合の衆とも呼ばれよう。
瓦解も時間の問題だ。
所変わって、わたし達は大阪の城下を見て回っていた。
顔を見られては困るので、藤には羽織頭巾を目深に被らせている。

「今の腑抜けた豊臣へ貴女がわざわざ出向く価値などあるものか!」
「辛辣な」

ぎっと眼光はいつにも増して鋭く、自身の足元を睨みつけていた藤は吐き捨てるように吼えた。
声量にもその言葉にも、通り過ぎる町人達の視線が突き刺さって些か居心地が悪い。
咎めるように目を向けると、流石に気付いたようではっと辺りを見回してから、慌ててわたしの背後で頭を下げた。

「まあ良いさ、わたしも、お前を連れて大阪の城へ行く訳にはいかないもの」
「す、すまない……」
「……ねえ藤、それならわたし……世界に則れば、そうね。安芸?かしら。其処に行きたい」

これ以上大阪に留まり続けるのは藤の心情的によろしくない気がする。
前々から行ってみたいと思っていた場所の名が出たのは完全なる私情一択だが、気を逸らす事に成功したわたしの提案を褒めて欲しい。

「安芸?……安芸、安芸か……」

思案するような言葉に頭巾を覗き込めば考え込むような穏やかな言葉とは裏腹に、苦虫を噛み潰すという表現が妥当といえる程険しい表情が見えた。
これは……確か刀の付喪神の、徳川所蔵を名乗る者等に囲まれた時と同じ顔をしている。
つまり嫌か、そうなのか。

「…………彼処にはいけ好かない男がいる」
「お前は至る所にいけ好かない子がいるじゃない」
「否定はしない」
「やっぱり」

その中でも特にいけ好かない男が。短く言葉を切って、そうしてわたしの手を取ると町人達を器用に避けながら歩き出す。
転ばないように気を付けて、わたしも引かれるままに背中を追い掛ける。

「だがあの男を落としておけば幾分か動きやすくはなる」
「それ程重要なひとなのね」
「謀将、謀神、日輪の申し子を名乗る男だ。口も頭も無駄に回る」
「神?」
「神と呼ばれる智の持ち主と。確かに聡い人間だ……私の知る男は、だが」

そんな言い方をされると、謀の神を名乗るというその男に興味を持つのは当然とも言えよう。
藤もそれに気付いたのか、気まずそうにわたしを振り返っては眉をひそめているのが頭巾の下からでも見てとれた。
わたしはにっこりと笑って返す。

予想通りだと言わんばかりに、彼は項垂れた。