「あのね、」

昔のはなし。わたしには幼馴染がいた。空色の髪と浅瀬色の目がとても綺麗で、わたしよりふたつも年上の優しい男の子。いつもわたしの隣にいてくれて、いつもわたしを守ってくれた素敵な紳士。
「ジュノ、ぼくから離れちゃだめだよ」
「んん、どうして?」
「仲良しはいつも一緒にいるものだもの。ぼく達、ずうっと一緒。ね!」
どこへ行くにも手を繋いで、両親に貰ったばかりの相棒達も一緒に連れて。二人で作った秘密基地の中で一日を過ごしたり、喧嘩をした時は、最終的にお互い泣きながら仲直りをして、いっしょの布団で眠った。それが終わりを迎えたのは、確かわたしの誕生日。
「やだやだやだ!!ジュノもっ!----くんと一緒にいく!!」
彼のお父さんは元々カントー出身で、前々から年老いた両親と共に暮らそうと思っていたらしい。一家はとても仲良しだったから、もちろん彼のお母さんも、幼い彼も。一緒に引っ越してしまうのは当然だ。だってまだわたし達は旅に出ることも出来ない年齢だし、そんな子供にとっては仕方のないことだったし。でもわたしは、どうしても行ってほしくなくて祝いの席でめちゃくちゃに泣き喚いたのだ。
「ジュノ、聞いて」
「うえっ、やだ……やだあ……っ!!」
わたしより少しだけ大きな手で、止まらない涙を拭ってくれた。自分も泣きそうなくせに必死に我慢してわたしを抱きしめてあやしてくれた。楽しかった筈の誕生日はしょっぱい涙の味を思い出させる。今でも切なくて、胸が苦しくなる。
「ぼくが大きくなったら!絶対ジュノを迎えに来るよ」
「……ほん、と?ほんとに?絶対?」
「絶対。一緒にいよう」
「ずっと?」
「ずっと!」
絶対に、あの言葉を忘れない。子供の口約束と笑われても、わたしは今でも、彼を信じてる。
「……ジュノ、まってる」
「うん、まってて」
嬉しそうに笑った彼との優しい約束。

でも、それっきりだ。夢に魘されて起きたいつかの真夜中、一家との連絡が途絶えてしまったと話す両親の不安そうな表情に幼いながらに思った。もしかしたら、彼はもう帰ってこないのかも知れないと。とても懐かしくて今では色褪せた虚しい砂の思い出。どうして今になって思い出してしまったのかしら。首をかしげたジュノは、目の前の仏頂面を見つめて笑う。きっと君の所為だわ、そう言えば彼の眉間にはまた深い溝が生まれた。
「……人のことをジロジロと観察して意味の分からない事を。言っておきますがね、私が今モンスターボールを落としたのは貴方の所為ですよ」
「次落としたら減給ね」
「クソアマ……」
雇い主になんと言う口をきくんだこの子は。苦く笑う。そういう粗暴な所は、ほんの少しも彼には似つかない。背後から忍び寄ったわたしの所為で持っていたカゴから取り落としたいくつかのボールにため息をつき、わたしへの文句を吐きながら拾い集めていく。
「ほらあ、そんなだから受付の子に泣かれるんだよう」
「責任持って手伝いなさいよ」
「いたっ!補佐の癖にチャンピオンのわたしをこき使うとは」
「使えるものはチャンピオンだろうと使いますよ、ポリシーなもので」
「仕方ないなあ」
転がったボールを手に取って、振り返る彼を見つめる。翠の目がとても綺麗な彼はステルクリーグのチャンピオン補佐だ。つまりわたしの直属の部下、みたいなもの。わたしがチャンピオンになったばかりで退屈していた時に玉座にやってきた挑戦者のひとりだったが、一体どんな手を使ったのかそのままリーグ職員として働くことになっていた。そして気付けばがっつり昇進、今ではわたしの良い右腕に。そのうちチャンピオンの座も持っていかれそうな気がする。わたしを見下ろす彼の名前を呼んだ。
「ランス君」
跳ね上がったくせの強い髪が動きに合わせてぴょこぴょこと揺れている。数歩先で立ち止まったランス君はしゃがんだままのわたしを鋭い眼差しで射抜いて呆れたように鼻で笑う。か弱い女の子に向けるにはちょっと物騒すぎる眼光だ。わたしが追い付くとすぐに歩き出した。隣に見る整った横顔。黙っていれば少しはマシに見えるのになあ、と思わずにはいられない。
「……うるさい」
「えっ、喋ってないよわたし」
「うるさいんですよ、目が。口ほどにものを言うってこう言うことでしょうね」
「そこまでえ……?」
「ポーカーフェイスの練習も無駄になるくらいには」
見つめ続けていれば先程よりも強く向けられた鋭さに肩を竦める。この子を見て幼なじみを思い出した理由が怪しくなってきた。やっぱり、さっぱり似ていない。観察は止めて大人しく足を動かすことにする。しかし一度飛び出したお小言は引く気配を見せない。
「それと挑戦者が来ないからといっていちいち私の所で暇を潰さないでください、仕事の邪魔です」
「む、 」
「貴女やってることが自分のゲンガーと一緒ですよ、大人しく玉座で踏ん反り返っていれば良いんです」
「ふぬぬ……」
ぎらり、またわたしを睨み付けたランス君の目があやしいひかりを放った。怯む。ここでランス君は真面目だなあ、とかなんとか言ってしまうとお小言はさらに増える。すでにやらかしたことがある。ここは話題を変えるが吉。
「そ、そんなことより!ランス君!」
「そのわざとらしいすり替えで騙される人間はリーグにはいません。……まあ良いでしょう」
「ちょっぴり難しいけど、ランス君にオススメのお仕事があるんだけど……」
ポケモンセンターの扉の前でぴたりと足を止めて、振り返ったランス君は信用ならない悪い顔で笑っていた。目を細めた、怖い顔。
「話くらいは聞きましょうか」
「あのね、」
ロケット団って知ってる?
あっ、とても面倒くさそうな顔した。
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