夜中の2時ですよ

やれトウケンダンシだのレキシシュウセイシュギシャだのよく分からない説明を半分寝ながら聞いていた。目の前の人たちは日本語喋っているのだろうか?夢の世界へ半分飛び立っている私には理解出来なかった。ショキガタナを選んでくださいと促された先には(多分)5本の棒状の何か。少し反っているようにも見えるその5本からは不思議な気配を感じた。
左からムツノカミ、ハチスカ、カセン、ヤマンバギリ、カシュウと言っていることはかろうじて分かった。恐らく目の前にある棒のような物の名前とか、そんな感じだろう。とりあえず寝たい。真夜中に叩き起されて畳の部屋で授業みたいな小難しいこと話されて眠くないヤツなどいない。もう何でもいいから早く眠らせてほしい。その一心でのろのろと手を挙げて指を差した。

「歌仙兼定ですね」

はいはいそれそれ。じゃあおやすみ。


次に目が覚めた時には見慣れない畳の部屋だった。私の部屋はフローリングに白い天井とふかふかベッドだったはず。何でせんべいぶとん…何で畳…?枚数重ねてるからかそれとも良いやつなのか体は痛くないが、訝しみながら起き上がって部屋を見渡す。全然見覚えがない。新手の誘拐とか?それにしたって縛られも監視も無いとは……
頭の中が良く分からないまま布団から出られずにいると、ふと障子に人影が移り、「おはよう。起きたみたいだね。…開けてもいいかい?」とこれまた聞いたことのない男の人の声が聞こえた。


「えっ……嫌です」

「何故だい?着替えているわけでもないだろうに。」

「だ、だって知らない人が部屋に入ってくるのを許可する人なんていないです……」

「知らない人って……酷いな。」


いやいやいや、誰。何。何で私とさも知り合いみたいな反応なんだ不審者さんよ。
怯える以前にこの状況に対して困惑と不信感から、スッと開かれた障子に向かって思い切り枕を投げつけた。いけっ、ストレートのストライクだ!ボスン。あっさり弾かれた。


「何するんだい。雅じゃあないな。枕は投げるものじゃないだろう?」

「うわあ、うわあ……わぁ、」

「鳴き声か何かかな?」

「ふっ不審者ですー!お巡りさぁーん!」

「ちょっ…!?僕が不審者だなんて心外だな!他でもない君が選んだ刀だと言うのに!」

「選んだ!?刀ァ!?そんなの知らねー!やだー!私のおうちそんなにお金持ってませんお金になりませんよ私なんか!お家にかえしてえええむぐっ」

「あーもうとりあえず静かにしたまえ!」


最初に投げた枕を顔面に返却された。うぐっ、と、およそ女性が出す声じゃないうめき声を上げながら勢いのまま後ろに倒れる。畳が固くて痛い。鮮やかな紫色の髪を靡かせた不審者さんは顔を青ざめながら慌てて私へと近づいて体を抱き上げる。


「す、すまない!つい!」

「いたた…もうやだ、誰この人ぉ」

「誰って……はぁ、確かに、そうだな。君は昨晩挨拶した時ほとんど目を瞑っていたし…あれは眠っていたんだな?」

「たぶん…だって夜中たたき起こされたんだもん」

「なら、僕を知らなくても仕方ないか…」

「な、なんかごめんなさい……。私謝ることあるかなぁ」

「そうだね。まずは自己紹介から始めよう。とりあえず着替えたまえ。」

「は、はぁい。」

「僕はこの部屋を出て待っているから、着替え終えたら声をかけてくれるかい。」

やたらと品のある話し方をする不審者さんは、ひとつ大きく長くため息を吐いて部屋を出ていった。影の高さが低くなる。廊下に座ったらしい。人を廊下に待たせるなんてできるか!たとえ不審者でも!わたわたと壁際の箪笥を漁る。見つけたのは何故かサイズがぴったりの灰色の上下スウェット。何故入っているのか、サイズが合っているのか……考えたい事は沢山あるがとにかく不審者さんを待たせてはいけないと着替えて「できた!」と声をかけると早いな、と言いながら障子が開かれる。私のスウェット姿を見た不審者さんは形のいい眉をぴくりと上げながらぽつりと呟いた。


「…雅じゃないな」

「なんて?」

「いや、何でもない。それは後でもいいだろう…ところでお腹は空いてないかい?」

「あ、空いてる。…マス。」

「じゃあ朝餉でも食べながら話をしよう。着いておいで」


不審者のはずなのにこの穏やかさは何なんだろう。それに大人しくついていく私も私だが。ぺたぺたと裸足で木の廊下を歩いていくと、広い畳の部屋にたどり着いた。うわ広っなんだここ何畳だよ…とんだ宴会場じゃないか。
ぽかんとする私をおいて不審者さんはすたすたとなおも歩き続ける。慌てて後を追うと、その先に台所のような部屋が見えた。


「本当は広間で食べてもらった方がいいんだけれど…まあ、どうせ僕と君しかいないんだ。あそこは広すぎる。ここでいいね?」

「あ、うん。どこでも良いです…」

「じゃあここで。お茶は暖かい方がいいのかな?」

「うーん…冷たいのがいいです!」

「わかったよ。…はい。じゃあいただこうか。」

「わあ…美味しそう!いただきまーす!」


目の前に並べられたのは日本の和食代表と言わんばかりの品々。ほかほかつやつやの白米に沢庵、お味噌汁に焼き魚。鼻腔を擽る良い香りに思わず涎が溢れないように必死だ。手を合わせてさっそく一口いただく。…まってめちゃめちゃ美味しい!目の前の人物が不審者であることも忘れぱくぱくと食べ進めていると「誰も取らないんだから、落ち着いて食べるんだよ」と目の前から言葉をかけられた。お前は私の母親か?