うららかな午後

よく晴れたね、と言いながらふたりは宛もなく歩く。春だからだろうか、白みがかった陽があたりを照らしている

「気持ちがいいねぇ。あったかいし、お散歩日和だね」

「そうだな、なんだか…いつまでも寝ていられる陽気だ」

軽妙に靴音をならしながら、ゆくらは欠伸をした。その顔は野生を失った起きたての猫のようで、ゆくらの自由で気ままな性格をよく表しているな、となんとなしに思わされる。猫のように気まぐれる一方、犬のように喜びを体現するゆくらは、結局どちらに似ているのだろう、と徐庶の脳内では他愛ない疑問が浮かんでは消えた。



今日は日曜日、つまりは休日。

昨日は少し夜更かしをしたため、遅めの起床をし、なんだかパン屋さんのパンが食べたいなぁ、と呟くゆくらに軽く同意をして家を出た。

軽く化粧をしただけのゆくらは幼く見える。
何度見ても、普段の会社員としての彼女と、休日や寝支度をする彼女のギャップを感じてしまう。凛々しさと大人っぽさ、艷やかさ。さまざまな要素を含んだ彼女の顔と、今眼前にある顔。そのギャップはきっと自分が一番経験しているはずで、徐庶はいつもひとり優越感にひたる。



「さっきから何でこっち見てくんの?徐庶ってば」

「え、あぁ…何でもないよ。春だなぁ、と思って」

『あどけなさが残る君も可愛いよ』
職場のあの女たらしならば、ここでそんな台詞を吐くのだろうが、生憎自分はそんな器用ではない。少しだけきまりが悪くなる心地がして、座ろうか、と言い、ベンチに腰掛けた。


「缶コーヒーかってくる。いる?」
「あぁ、頼むよ」

徐庶はぼんやりと小走りするゆくらを見つめる。彼女は春のようだ。あたたかくやわらかな光だ、と素直に思う。彼女と共にある自分が、今までの自分とはかけ離れた存在になったかのようにも思える。暗雲と立ち込めていた自分の薄汚れたところが、綺麗に洗い流されている感覚。知らずのうちに、いつのまにか、彼女を求めている



「ほい、冷たいのにしたよ。ていうかさっきから徐庶ずっとぼーっとしてるね!春だから?」

「ええと…ありがとう。そうだな…春だから、かな」

「そうかぁ、春だからかぁ。そうだねぇ。あ、火、ちょーだい」


徐ろに煙草に火を点けると、ゆくらも同じく煙草を咥えた。お互いに思考を緩め、煙を溜めては吐く。その行為が、徐庶はたまらなく好きだ。そして彼女も好きであるはずだ。

白い陽に白い煙が重なると、心地よい風が髪先を遊ぶ。息をつき遠くを見つめるゆくらの横顔をちらりと見やると、また風がゆっくりと頬を撫でた。少しだけひんやりとした。


「コーヒーと煙草ってさぁ、春に似合うねぇ。あと徐庶にも」

「…今のゆくらにはどちらかというと、似合わないな」

「んん?」

どうして?という顔をしてゆくらが徐庶の顔を覗き込む。不思議そうなその顔が、さらにあどけなさを促している。

「えぇと…何時もより幼いというか、若く見えるというか…」

「それってつまりちゃんとメイクしてないから馬鹿みたいな顔してるっていうことですかね?」

批難の声をあげて、口を尖らせながら煙を吐くゆくら。おどけているのだろうが、ここできちんと釈明しないと後でちくちく嫌味をいわれることは徐庶もよくわかっている。


「そうじゃないよ、ただ…なんていうか、俺は、大人っぽくない君も、素敵だと…思う」

「…え、あ、…えと…」

素敵。その一言に目をぱちくりさせていたゆくらだが、少し照れたあと、にやにやと口元を緩ませた。

「徐庶さんてば、なんだねいきなりぃ。褒めても何もでないよ〜」


うひひ、と笑う彼女をみて、その笑い方は変えた方がいい、でもそんな君も愛おしいとは言えない徐庶であった。





昼間の散歩はまだ続いていく。








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