柔らかそうな唇、揺れる琥珀色の髪。白くて長い、骨ばった指が、指の間に絡まる。伏せられた睫毛を見る間もなく、口の先に温度を感じた。












「なんて夢みてんの…」



朝。いつも通りの時間に目が覚めたゆくらは、ベッドの上で枕に顔を埋めた。


(よりによって…)


夢は何かの暗示、という説もあるだろう。しかし、ゆくらが見たのは暗示というより深層にある願望に近い。


熱めのシャワーを浴びよう。ゆくらはそそくさとベッドをあとにした。




















「やっと終わったぁ…!」


大きく伸びをして時計を見ると、針は21時を過ぎていた。帰り際に賈クに頼まれた仕事は、予想以上に手がかかった。次会ったらコーヒーでも奢ってもらおう、と思いながら、ゆくらは荷物を取りに自席のある部屋へと歩く。もうこの時間だ、金曜日なうえに最近は全体的に仕事が落ち着いているからきっと誰もいないだろう。そう思って扉を開けた結果、ゆくらの予想とは反した光景。




「おや、こんな時間までどうしたのかな」




会いたかったけど、会いたくなかったひと。




「か、郭嘉さん…こそ」



「私は調べものをね。静かだからとても捗ったよ。ゆくらは…誰かに仕事を押し付けられたのかな?例えば、賈ク殿とか」




にこりと笑う郭嘉。いつものように、こちらを見透かすような笑顔を見ると、今日ゆくらが見た夢でさえ言い当てられそうな気がした。




「…そんなところです。やっと終わったのでそろそろ帰りますっ…あ、あの」


「ん、なにかな」


「な、なんですかっ…」



噛み合わない。なぜこのひとは、距離を詰めてくるのだろうか。思わず後退ると、踵が壁に当たった。そのとき、耳の近くの髪に全神経が集まった。



「郭嘉、さんっ…」



「…夢の中の自分が羨ましいなんて思ったこと、あるかい?」



「ゆ、夢っ…?」



「夢というのは憎らしいものだね…。手に入れたいものが、腕の中で私の名前を呼んでいたよ」




郭嘉は真っ直ぐにゆくらを見据えた。いつもより熱っぽい視線。硬直したゆくらは、目を逸らせなかった。もしかして、わたしは未だ夢を見ているのかもしれない。ただ、こんなにリアルなものだったか。逆上せそうだ。



「ゆくらが思うより、私は本気だよ」



唇も、髪も、指も。全てが夢よりも鮮明だった。現実であることを確認するためか、ゆくらは考えるよりも先に言葉を紡いだ。



「郭嘉、さん、わたしも…わたしも夢の自分が羨ましいんです…。夢の中の郭嘉さんは、わたしにだけ、…キス、してくれました」




郭嘉は少し目を見開いたあと、口角を上げた。夢とは違い、伏せられた睫毛をスローモーションで見送り、ゆくらは目を閉じた。















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