夕刻、一仕事終えたユクラは、そろそろ風呂に入ろうと脱衣所へ向かった。扉を開けると、上着を脱ぎ、入浴しようとしているベルベットが目に入った。
程良くついた筋肉で引き締まった身体に、一見そぐわないたわわな胸元。
同じ女性から見てもその美しさは羨望の眼差しを向けてしまうもので、ユクラは無意識に自分の胸をちらりと見やる。その落差に少し落ち込むと、そそくさと服を脱ぎ、風呂場に入った。


身体を洗い、髪を纏め、ゆっくりと立ち上がると、湯船の方へ歩みを進める。肩まで湯に浸かり、気持ち良さそうに脱力しているエレノアが目に入った。爪先から波紋が広がると、エレノアがにこりとこちらに笑いかける。


「ユクラ、この時間に入るの珍しいですね」


「うん、今日は偶々ね」


大きく息をつくと、じんわりと身体が温まる。この世界に湯船に入る文化があって良かったと噛み締めていると、ちゃぷん、と水面が揺れた。


「珍しく女が揃ったわね」


ベルベットとマギルゥが湯船に入ってくる。三人共それぞれが綺麗な体つきをしていて、この光景はかなり眼福ものだなぁ、などと思いながら、そうだねぇ、と間の抜けた相槌を打つ。


「仕事を終えた後の湯は格別じゃの〜」


「あんた今日ビエンフーに全部やらせてたじゃない」


「監督という大層な仕事をしてたんじゃぞ〜」


目を瞑りながらゆっくりと話すマギルゥと、やれやれと言わんばかりベルベット。その時ふと目に入ったのは、先程も主張をしていた柔らかそうなもの。気づけばユクラはベルベットに縋るような目で問いかけていた。


「ねぇ、ベルベット…」


「何?」


「…ベルベットは、子供の頃から何を食べてきたの?」


「…はぁ?」


意味がわからない、と言いたいのが一目でわかるような顔。マギルゥやエレノアも不思議そうにこちらを見ている。確かに自分も突然こんなことを聞かれたら同じ反応を返すだろうが、聞きたいのだから仕方がない。ユクラはバツが悪そうに会話を続けた。


「…いや、ベルベットってすごく綺麗な胸をしてるから…何食べたらそんな大きくなるんだろうって…」


「確かに!私も気になります…!それとも何か特別なことを…?」


大真面目な顔でエレノアが身を乗り出す。ああ、この話題に食いつく人がいて良かった、安堵しながらユクラもベルベットを真剣に見つめる。


「何かと思ったら…。別に、何もしてないわよ。普通の食事しか取ってこなかったし、特別なことも何も」


少々呆れ顔のベルベットをよそに、マギルゥがにやりとしている。


「喰魔になればでっかくなるかもしれぬぞ〜?」


「そういうことなんですか…!?」


驚愕の表情で悲痛な声をあげるエレノアを見て、はぁ、と溜息を漏らすベルベット。


「そんなわけないじゃない。…元からよ。…でも何で急にそんなこと聞いてきたのよ?胸を大きくしたい理由でもあるわけ?」


ベルベットに質問を投げかけられ、返答に詰まるユクラ。聞いたからには答える必要がある。我ながら馬鹿馬鹿しいと思いつつ、口を開いた。


「…偶々ロクロウとアイゼンがその話をしてるのちらっと聞いたんだよね。…そしたら大きい方がいいって聞こえたから…」


三人共がなるほど…と納得し、不思議な空気感が漂った。業魔と魔女と対魔士といえど、女。皆このような話題は、嫌いではない。エレノアがちらりとユクラを見ると、咄嗟に口を開いた。


「でも、ユクラは別に小さ、…控えめではないですよ?」


「うーん…でも大きくもないから凄く中途半端だと思うんだよねぇ…」


「それを言ったら私もですし、大体の女性はそうなのでは…?」


はっ、とした顔でエレノアはマギルゥを見つめた。即座にマギルゥが派手に反応する。

「きーっ!それは儂への嫌味かっ!じゃが皆心して聞くが良い!貧乳はステータスどころかプレミアム、という有り難〜い言葉があるんじゃぞ!」


「はいはい。…そういえば豆腐とか、キャベツとか、鶏肉とかが効くって聞いたことあるけど」


「あ!それ私も聞いたことがあります!あと、胸の前で掌を合わせて力を入れるトレーニングがいいみたいですよ!」


テレサがよくやってました、というと、エレノアは目を輝かせてユクラの手を取った。


「今日の夕飯からやりませんか!?食事も、トレーニングも!」


「…そうだね、やろっ!よし、じゃあ食材があるか見てくる!」


そういうと、ユクラは湯船を飛び出し、続いてエレノアも後を追いかけた。


「なーんじゃ、皆プレミアムを馬鹿にしおって。儂はこのままスレンダーボデーを磨いてゆくからどーでもいいんじゃ!」


「…物は言い様よね」




















風呂から上がり、食材も揃え、食卓テーブルにつく。そこには先程ベルベットから聞いた食材で作られた料理が並んでいる。その前に鎮座する二人は、よし、と目配せをして食事を始めた。


「…ほんとに効くのかわからないわよ」


「いいんです…!一筋の希望だとしても、いつか掴み取りますから…!」


「健気じゃのう〜。涙が出そうだわい。無駄な努力は辞めたほうがよいぞ〜?抗えば抗うだけ辛いからの〜」


横で囃し立てるマギルゥをスルーし、黙々と二人で食べること数分。食事を終えたユクラたちは、またも二人して胸の前で掌を合わせた。


「これ、どのくらいやればいいのかなぁ…」


「わかりませんが、出来るときに沢山したほうがいいと思います。努力はすればするほどいいものですから!」


ああ、エレノアってこういう子だったな…、そう思いながらユクラは掌に力を入れる。
それを繰り返し、暫くすると、女心を揺らがせた張本人たちとその弟分が近づいてきた。


「んん…?お前ら何やってんだ?」


「異大陸の挨拶の練習でもしてるのか」


不思議そうな顔をして覗き込むロクロウと、怪訝な顔をして腕を組むアイゼン。そして、頭に疑問符を並べるライフィセット。


ぎろりと二人を睨むと、エレノアが返事を返す。


「これは女性同士の話なんです!男性はあっちにいってください!ね、ユクラ」


エレノアに同意を求められると、これは面倒臭いことになる、そうユクラの直感が告げた。


「フィー、こっちに来なさい」


「?う、うん」


ベルベットが素早くライフィセットを呼び寄せた瞬間、マギルゥが男二人の前に躍り出て、意地の悪い笑みを浮かべた。


「知りたいか〜?胸じゃよ、む・ね♪」


ユクラとエレノアが恥ずかしそうに固まった瞬間、ベルベットは音もなくライフィセットの両耳を塞いだ。


「…胸だと?」


「胸、ねぇ」


アイゼンとロクロウは、はて、と顔を見合わせた。そこにマギルゥが追い打ちをかける。


「お主らが言うたんではないか〜♪女はボインが至高じゃと!それでこ奴らは涙ぐましい努力をしてるんじゃよ♪」


「マ、マギルゥ!なんで言うんですか!!」


エレノアが食って掛かると、マギルゥはおちょくるように手をひらひらさせている。


「儂はほんとーのことを言うただけじゃろ〜?」


ケラケラと笑うマギルゥ。一方でユクラはただただ恥ずかしさに身悶えていた。これは完全に負わなくていい火傷を負っている、そう思うと、布団に転がりたくなる衝動を覚えた。ロクロウが言っていたことを気にして行動していたことを本人に知られるのは、流石に気恥ずかしい。溜息をつきそうになっていると、おもむろにアイゼンが口を開いた。



「その言葉は会話の一部分でしかない」


「…どういうこと?」


「俺らの結論はそんな単純なものではない…」


「…と言うと?」


ごくり、とエレノアの喉が鳴った。まじまじとアイゼンを見つめると、微笑している。


「フッ…胸というものは、芸術品だ。大きさではなく、感「教育上悪影響です!!!!!!!!」



エレノアが叫んだのち、間髪入れずに衝撃音がした。見るとアイゼンが蹲っている。自業自得だ…、憐れみの視線を送っていると、ロクロウがニコニコしながらこちらに近寄ってきた。


「…何」


ムスッとしながら聞き返すと、ロクロウは満面の笑みで答えた。


「胸なら揉めば大きくなるっていうだろ?心配なら俺が揉「う、うるさーーーーい!!!!!」


ユクラの叫びののちに同じく蹲るロクロウ。怒りながら部屋を後にするユクラとエレノアを見送ったベルベットは、やっとライフィセットから両手を離し、ロクロウとアイゼンの方向を向かせた。


「…え!?二人共、どうしたのっ!?」


「愚かな男はこうなる運命なんじゃ、坊よ」


「こいつらみたいになったら駄目よ。いいわね?」


またも疑問だらけのライフィセットは、マギルゥとベルベットの顔を交互に見つめるも、その疑問は解決することなく夜は更けていった。

















ALICE+