10

 ノエミが負傷した。自身を庇って倒れていくノエミの姿が、メローネの脳裏には今も焼き付いて離れない。
 目の前に倒れている始末対象の女だったものすら放って、脇目も振らずに倒れるノエミの元へと駆け寄ったのだ。抱き起こそうとして触れた手に、まとわり付いた赤がこんなにも鮮やかな事を、メローネはその時に改めて気がついた。


 仕事現場からも撤収して、事後処理も終えた。治療は終えたが、中々にナイフの刺さり方が深かったらしい。傷跡は一生残るだろうと、眠っているノエミの替わりにメローネが聞かされた。
 今は自宅に移されたノエミの側には、メローネが控えている。何をするでもなく、できるわけでもなく。ただ、眠る横顔をメローネは見つめるばかりだ。

「邪魔するぜ、メローネ」
「ああアンタか、プロシュート」


 そんな部屋に入り込むようにして、声をかけてきたのはプロシュートだった。看病の間に何か急用があれば使って入ってきて良いと合鍵を置いたのは自分だが、まさか一番最初に訪ねてくるのが彼だとは思いもしなかった。
 見たところ、急いだ様子はない。何だかんだと面倒見の良い彼のことだ。通りがかりに見舞いにでも訪れたのだろうとアタリをつける。

 部屋で話していては、起こしてしまうだろうと居間へと移った。居間につくなり煙草を吸い始めたプロシュートも、それなりに怪我人へと配慮していたらしい。


「それで?様子はどうなんだ」
「ノエミならまだ寝てるぜ、まあ昨日の今日だしな?起きるにはもう少し……」
「そっちじゃあねえ、お前の方だメローネ」
「俺?俺がどうしたって言うんだ、何が知りたいんだよ」

 疑問を疑問で返されたプロシュートが、紫煙を大きく吐き出す。どれ程メローネが待ってみても、二の句は告がれなかった。きっとプロシュートは、メローネに何かを言わせたい。振り絞るように考えて、やっと言葉を口にした。


「分からなかったんだ」
「何がだ?」
「ノエミが俺を庇った理由が」

 それを聞いたプロシュートの眉が、ピクリと上がる。だが、メローネが真剣に悩んでいるらしい事を見ると、また眉は下げられた。


「仲間庇うなんざ珍しくもねえだろ?たとえ側にいたのがホルマジオでも、ギアッチョでも、お前のことを庇ったろうさ」
「だろうな、自分も助かって相手も助かるなら、俺だってそうするさ」
「何が気になる」
「でも、ノエミは、いやノエミだって大事な仲間だ、当然なんだろうけど」

 自分が抱いた違和感を伝えようとしても、上手く言葉が出てこない。ますます焦るばかりだ。
 そんなメローネの様子を見ていたプロシュートが、何かに気づいたように瞬きをした。そして、煙草を指に挟んで煙を吐き出しながらケラケラと笑う。
 少しムッとしたような表情になって、メローネが口を開く。


「プロシュート、俺は真剣なんだぜ」
「馬鹿言え青二才が、単純な話じゃねえか?メローネ、お前はノエミに庇ってもらった理由が、仲間以上のものであって欲しいんだ」
「仲間、以上の……何だよ、それ……」
「そこまで世話焼く義理もねえ、自分で気付きな坊や?お前はノエミに、何て言ってほしいのかなんてな」


 生徒に宿題を出す教師のような言葉を吐いて、プロシュートは帰っていってしまった。やけに鬱陶しいような笑みを浮かべていたのが癇に障る。
 寝室にまた戻って、メローネはグルグルと思考を巡らせていた。癪ではあるが、プロシュートの言葉がまったく理解できなかったのだ。

 眠るノエミに目を向けて、掛け布団の外に投げ出された手を取る。メローネを押し退けて伸ばされた手、メローネを庇った手だ。
 そのまま頭を下げて、手の甲に唇を落とす。唇から伝わる体温が、彼女が間違いなく生きていると実感させた。
 少しむずがるような仕草を見せて、ノエミの目が薄く空いた。起こしてしまっただろうか。


「……メローネ」
「おはようノエミ、まだ昼だぜ」

 背中に手を回して、助けるように身体を起こさせる。まだ縫合したばかりの傷跡に障りはないか、確かめるようにしてそのまま抱き寄せた。

「寝てたから暖かいな、痛み止めもあるけどまだ平気か?」
「傷縫ったんだね、今はそんなに痛くないから良いや」

 こうして抱き寄せるメローネを、ノエミは決して拒絶しない。暖かさを分け合うことだって出来るのに、自分はまだ何か足りないというのか。愛はメローネにとって贅沢すぎて、これ以上を望むことは難しい。
 

「心配したぜノエミ、でも庇ってくれてありがとう、俺はこの通り無事だ」
「そうだね心配かけてごめん、メローネが無事で私も嬉しいよ」

 感謝の証というようにでも、額にキスを落とす。クスクスと笑って、ノエミもメローネの頬にキスを返した。


 まるで子猫のようなじゃれ合いだ。家族の触れ合いにも思える。けれど、もし目の前にいるのが自分の母親だったら、このようにキスを捧げただろうか。

「……俺がキスをする女の子は、この先もノエミだけだろうな」
「あら、熱烈」


 きっとそれが、答えだ。自分と彼女が行き着く先の、道標だ。でも今はもう少し、もう少しだけ。
 どこかの誰かに言い訳をして、メローネはもう一度、額に唇を寄せた。

- 10 -
back