「メローネとノエミは恋人なんだろ?」

 会話の途中で当然のように放たれた言葉は、私とメローネの動きを止めるのに充分すぎた。まったく疑う様子のないペッシは、ニコニコと微笑んですらいる。まったく、純粋な新人だ。


「メローネ、私達付き合ってるのかな」
「どうだろうな?きちんと明言したことなかったな、じゃあ今から恋人同士ということにするか」
「えっ、じゃあ今までそういう関係じゃなかったってのかい!?」

 首を傾げた私達の言葉に、ペッシが驚いたように声を上げる。いや、そういう関係ではあったと思うけどという言葉は流石に飲み込んだ。替わりに曖昧な笑みで場を濁しておく。

 だってそういう言葉に、私達はまったく興味がなかったのだ。口先だけで中身が伴わないものにメローネと私は価値を見いだせない。これはきっと、変えられない私達の在り方だ。


「あんまり興味ないんだよね、そういうの!一緒にいることに変わりは無いし、それで良いかなって思っちゃう」
「同感だな!まあ、ペッシが分かりやすいように呼んでくれて構わないぜ?友人でも恋人でも、家族でも仲間でも」
「いや、ふたりがそれで良いんなら、俺もそれで良いと思うけど……なんか余計な事だったらゴメンな」

 最後の気遣いにペッシの善性が余すことなくあらわれている。思わずペッシの髪を撫でれば、同じくメローネも額を撫で始めた。驚いたようにしていたペッシも、私達が無言で己を撫で続けている状況に言葉もないのか顔を引きつらせる。きっとこの愛情表現は、ちっとも伝わってないな。


 そうこうしているうちに、仕事を終えたリゾットが帰ってきた。部屋の中の状況に一瞬驚いた様子を見せたものの、すぐに口を開ける。

「メローネ、ノエミ、明日の仕事は早いぞ?早く帰っておけ、ペッシも嫌なら嫌と言っていいんだ」
「あーあ、口うるさいお父さんが帰ってきちまった!弟と遊んでるだけだぜ?目くじら立てないでくれよ」
「そうそう、父さんたら厳しいんだから!でも心配してくれてありがとね、そろそろ帰ろっか?メローネ」
「俺、ふたりの弟なんだね……」


 つらつらと話を続けたことで大分満足した。ペッシを最後にひと撫でして、何か言おうとしていたリゾットに手を振って揃って横を走り抜ける。

「廊下で走るな、転ぶぞ」
「はーい、次から気をつけるよ父さん」
「じゃあなペッシ、また明日」
「うん、二人共また明日」


 バイクに二人で飛び乗るようにして、家への帰路につく。暗殺者として法に触れてばかりの私達だけれども、こうしてバイクに乗るときばかりはヘルメットをきちんと被る。そんなことも、考えてみればなんだか可笑しい話だ。

 クツクツと一人で笑っていれば、己の腰にしがみつく女の様子を訝しんだメローネが不思議そうに首を傾げた。距離が近いぶん、色んな事が伝わってしまうものだ。なんでもないと詫びれば、バイクはまた元通りに走り出す。けれど、流れていく夕焼けを横目で追う内に違和感を抱いた。

「メローネ、こっちは家じゃないよ?」
「少し寄り道したいんだ、付き合ってくれ」


 最近のメローネは、何かしたいことをよく口にするようになった。以前も無口なわけじゃなかったけれど、最近の彼はなんというか、こちらに甘えてきているような気がするのだ。そんな些細な変化が、私にはとても好ましく思える。

 行き先も聞かず、ただひたすらメローネの背中にしがみつく。頬を撫でるベタついた風に顔を上げれば、私達はいつの間にか海沿いまで来ていた。


 バイクを停めて、砂浜に降り立つ。陽が落ち始めたからか、あたりに誰もいない。血の色に染まった空は海に吸い込まれていた。歩を進めるごとに絡みつくような砂が、アスファルトとは違うのだと教えてくる。鼻を鳴らして空気を吸い込めば、喉に張り付くような磯の匂いがした。

「見渡す限り海だね、泳ぐには早いけど海が見たかったの?」
「いや夕焼けが見たかったんだ、家よりは綺麗に見えるかと思ってな、ほらこの前見たのは朝焼けだったから」


 私とメローネが見た朝焼け。思い当たるのは、一線を超えたあの朝だ。あの時の私は、何を思っていたか。後悔、羨望、懐古、歓喜、幸福。そのどれもが正解のような気もするし、そのどれもが間違っている気もする。

 会話もできずに立ち尽くす私の手を、メローネが握った。手を引かれるままに進めば、波打ち際に足を浸すことになる。靴はビチョビチョで、足も正直不快感が強い。それでも、メローネが私の手を引いたのだから、振りほどく気はさらさら無かった。


「あの日言ってたろ、ノエミ、行ってしまったって」

 メローネの言葉は、ひどく優しい。泣き続ける子供を慰める親は、このような顔をするのだろうか。悲しみを抱いた恋人に寄り添う男は、このように目を細めるのだろうか。

 メローネに掴まれた私の手のひらが、彼の顔の前まで持ち上げられる。恭しくキスをされた指先は、そこだけがジワジワと熱を持つ。


「きっと俺たちはこの先も置いていかれるままさ、それでもどうしてだろうな、ノエミとなら、歩いていけると思うんだ」
「あは、は、プロポーズみたいね、病めるときも健やかなるときも?」
「それもいいさ、ノエミと二人なら」


 メローネの背中越しに見える空は、赤黒く空を染めている。あの日の朝焼けの余韻は、見る影もない。私達は戻れず、これからも追いつけはしない。

 メローネはやっぱり男の人で、私よりも背が高い。だから今だって、キスをするのにも彼から屈んで貰わなきゃいけない。唇が一度離れても、それが悔しくて二度目は背伸びをして私からした。この温もりがあるのなら、未来だって悪くない。