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「おいっ、そっち行ったぞメローネ!」
「分かっているぜ、ギアッチョ!」
「今から追い付こうとしたって無駄だよ!おらっ!」
人数が奇数のために編み出された1対2の変則ルールバドミントンは、中々に白熱している。ギアッチョと私対メローネの試合を終えたので、今は私対ギアッチョとメローネの試合中だ。
アジトのタンス奥で埃を被っていたラケットとシャトルを見つけた当初は、あまり乗り気でなかったと言うのに始まってしまえばコレだ。頭でっかちに否定していては何にも始まらないのかもしれない。誰がアジトにバドミントンラケットを持ち込んだのかは、未だに疑問が残るけれど。
「ヨッシャ、はい私の勝ち!約束通りランチは二人が奢ってね!」
「わりと接戦だったんだがなあ」
「クソッ、最後のミスさえなけりゃあよぉ……!」
「まあ仕方ない、着替えてランチに行こうぜ」
暗殺を生業とする自分達は、一般基準から見ればそれなりに鍛えた部類に入るのだろう。汗こそかいてはいるが、3人とも疲弊はしていない。日々の運動量の積み重ねはこういうときに露骨に出ると感心する。
「いやまあでも、確かにコレじゃあレストランはおろかカフェも行けないね」
「ここ確かシャワーブースあったよな?ノエミ、ボディソープ持ってたろ」
「はい、小分けのやつ」
「そんなん持ってんのか?ノエミ、俺にもくれ」
「えっ良いけどコレ女物だよ、ギアッチョ気にならない?」
「あ?あー……じゃあイイわ、どうせ自販機でも売ってンだろ」
じゃあまた後で、と入口で別れた後に。メローネとギアッチョは隣り合うシャワーブースに入っていた。薄い壁越しでは会話も容易だ。幸い二人の他には誰もいないので、会話をするにも支障はない。
「今さらだから言いたくねえけどよお、お前ら本当にそういうの気にしねえのな」
「何の事だ?ああ、ボディソープのことか、俺は洗えれば何でも良いからな」
そうだけれどそうではない、と指摘するのも馬鹿らしくなって、ギアッチョはそれきり口をつぐむ。大体ノエミとメローネはお互いの家を頻繁に行来しているのだから、二人から同じ香りがすることなどしょっちゅうある。今さら指摘するものも居やしないのだ。いや、今は同居しているのだったか。どちらにせよ同じことだ。
今より幼い時分には、三人まとめてアジトの風呂場に放られる時もあった。タオル1枚だけ巻いた状態で、よくもまあ十を越えた少年少女を同じ風呂にいれたものだ。
それでももう少しして年頃になれば、少なくともギアッチョとノエミには、きちんとした距離感を互いに身に付けていたと思う。
そこまで考えて、はたとギアッチョは気がついた。そうだ、ノエミはギアッチョとはきちんと相応の距離を保っているのだ。
先程のシャワーを浴びる前の会話にしたってそうだ。ノエミはきちんと、ギアッチョを同年代の男性として扱う。それがことメローネ相手になると、ノエミもメローネも距離感をとち狂わせる。
「メローネよお、お前この間に金髪の女と歩いてたよな、川沿いのバー近くで」
「見てたのか、しつこかったしまあ一晩くらいなら良いだろうと思って」
「テメエは黙ってりゃ色男だからな」
「何だよ照れるな?まああの後にやらかしたとかで、あの女うちの組織に処分されたらしいけどな」
メローネは決して無欲だとかそういった訳ではない。人並みに性欲もあれば、きちんとその発散のさせ方だって知っている。むしろ頻繁に女遊びはしている方だろう。
だのに何故か、ノエミとメローネの関係には艶めいた色が全く見受けられない。まさか親子気取りのつもりでもあるまいに。
ギアッチョは元々、この手の話題をあまり得意としていない。なので率直に聞くことにした。壁向こうに投げるように、少し声を張る。
「メローネお前、ノエミのこと何だと思ってんだ?お前もノエミも憎からずって感じだろ、くっついちまえば良いじゃねえか」
「……俺と、ノエミが?」
そんなこと、今まで考えすらしなかったと言うようにメローネが面喰らっているのを薄い仕切り越しに感じた。時々言葉にし損ねた吐息が聞こえてくるのを、これは本当に驚いているなと理解する。
「駄目だろう、うん、それは駄目だギアッチョ」
「そりゃあまた、どうしてだ」
「女は俺にとってスタンドを産む母体で、一晩で消える遊び相手で、そういうものだ」
「おう」
「けれどノエミは女の子で、女にしちゃあいけないものだ、ノエミは女の子だ、だからダメだ」
随分とつっかえながらの返答だ。けれどもメローネの声にはふざけた音色が微塵もなく、この言葉が心からのものなのだとわかる。暗殺なんて仕事を生業にする以上、身内には様々に事情を抱えたものばかりが集まる。メローネの事情はきっと、痛々しいまでに捻れてしまった「女」への認識だ。
それについてどうこう言うつもりは、ギアッチョにはない。ただ、まがりなりにも長年付き合ってきた仲間だ。メローネにもノエミにも、出来る限りは穏やかにいてほしいだけだ。けれどそれに至るには大きな痛みが必要で、そのタイミングは今ではないというだけなのだろう。
「変に長話しちまった、さっさと着替えてメシ行こうぜ」
「そうだな、とっくにノエミも出てるだろ」
今だけは、ギアッチョは現状に目を瞑る。そうして目を逸らしたギアッチョに、メローネも同じく追随する。
ハッピーエンドを祈るのは柄ではないが、気が迷ったと思えばそれも悪くないだろう。不器用な仲間たちのために、ギアッチョは信じてもいない神に祈った
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