06

 はじめてノエミと出会ったときの事を、メローネはよく覚えている。「女」に複雑な感情を抱くメローネに、構わず手を引いて外に連れ出した女の子。それがノエミだった。

 任務の隙間時間に、オフの日に、食事を終えたあとに。ノエミは興味津々と言ったように話しかけては、メローネを構った。日常的な作法や、遊びのこと、果ては仕事の仕方も。色んなことを二人で見付ける日々は目新しくも本当に楽しかった。

 しばらくしてギアッチョがチームに加わって、それからは三人で遊ぶようになった。活発なギアッチョは先頭に立って、ノエミは遅れてくるメローネの手を引く。増えた人数の中でも、メローネと手を繋ぐのはノエミだ。そうしてギアッチョは、遅れてくる二人を待っていてくれる。それが決まったように繰り返される毎日だった。


 その日はたしか、絵を描いていた。カレンダーの裏紙や、書き損じの書類やら、ポストにねじ込まれていたチラシをかき集めては重ねて画用紙がわりにする。
 手先の器用なメローネは絵をそつなく描いたし、何か描き上げるたびに上がる称賛の声は、むず痒くも嬉しいものだった。すごいすごいと褒められ続けては、喜ぶなと言われても無理な話だ。


「ノエミ、ギアッチョ」
「なあにメローネ」
「なんだよメローネ」

 三人で床に寝そべって、ペンを動かす。今日は三人の他は皆仕事で出払ってしまって、留守番を任されていた。たとえばプロシュートなんかは、こんな事をしていたら「だらしない」と彼らを引き上げるだろう。だから行儀悪く遊んでいることは三人だけの秘密だ。


「今から犬の親子を描こうと思うんだけれど、家族ってよく分からなくてさ、二人に聞けたらと思って」
「それ俺らに聞くのが間違ってるぜ、こんな所にいる時点でマトモな家に産まれてねえに決まってんだ」
「えーでも私はお母さんいたよ、あとはお店のオジサンたち!お父さんのこと聞かれちゃあ困るけど」

 そうしてノエミが自分の生い立ちの事を語るのははじめてだったものだから、ギアッチョとメローネは少なからず驚いていた。今まで一言も口にしなかったその話題は、ノエミにとってのタブーのようなものだと思い込んでいたからだ。

「お母さんはね優しい人だったよ!あっ、私のお母さんはだけど!遊んで帰ってきたらノエミちゃんお帰りなさいーって抱き締めてくれて、ご飯出してくれるの!お客さんのオジサンたちもね、機嫌良いとお菓子とかくれる」
「へえ、母親ってそんな感じなんだな、もっと聞いていいのか?」
「良いよ!ギアッチョも聞く?」
「まあ、興味無い訳じゃねえな」

 日陰の路地裏で育ったギアッチョには「親」が分からず、「親」と呼べる存在に虐げられたメローネも同じくその内情を理解できない。単純な好奇心と、自分の知らない知識への探求がそこにはあった。


 そんな二人の様子を知ってか知らずか、ノエミは母親について話続ける。空かした腹に染みた手料理、寝付けない夜にベッドで聞いた子守唄、遅くなった帰りを叱られたこと。

「なんだか夢物語みたいだな、お伽話と同じ本棚にありそうだ」
「俺も同意見だぜ、縁遠すぎて全く現実味がわかねえ」
「えー、そんなに?うーん……あっ、じゃあこうしよう!」

 言うなり、ノエミはメローネとギアッチョを胸に抱き込んだ。呆気にとられた二人がろくに抵抗の無いのを良いことに、ギュウギュウと力一杯抱き締める。数拍後になって、ようやく意識を取り戻したように、ギアッチョが手足をもがかせた。

「オイ、何考えてんだ、離せノエミ!」
「お母さんごっこだよ!ギアッチョは暴れん坊さんだねー、メローネは大人しくって良いこ!」

 何とか逃れようとするギアッチョとは対照的に、メローネは身じろぎひとつしていない。そのぶん、ギアッチョを抱き込む力は益々強まっていく。

「メローネ、お前も何とか言え!」
「……いや、俺はこのままでも良いかなって、ハハ、暖かいな」
「そうでしょ!ディモールト暖かいよ!」
「俺の真似か?似てないな」
「和んでんじゃねえ!ああもう、仕方ねえな……」

 まるで団子のようにくっつきながら、笑い声が響いていく。暗殺者の隠れ家にはおおよそ相応しくないような、幸せな光景だった。

 
 あのときに触れた鼓動の音を、己を抱き締める指の柔らかさを、メローネは覚えている。母の優しさも、親の情も未だかつて知り得ないけれど。自分を愛してくれる温度のありかを、メローネは知っていた。

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