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「お帰りノエミ、晩飯は用意してあるぜ、着替えてきな」
「何それ最高……!秒で支度してくる!」
メローネが私の家に転がり込んで始まった同居は、何の問題もなく続いていた。そもそもお互いの家を別宅のようにして入り浸っていたから、生活リズムも食の好みもお互いに熟知していたのも大きい。
して欲しいことは出来る限りする、やって欲しくないことはお互いに手を出さない。明確に話し合った訳ではないけれど、ルールにも満たない気遣いは一応存在している。
適当な部屋着に着替えてリビングに戻れば、メローネがテーブルに料理の皿を準備してくれていた。今日の仕事先からそのまま直帰したというのもあって、あっという間に平らげてしまう。
「はー美味しかった……、メローネほんとに料理上手くなったねえ」
「それは嬉しいな、確かに最初は酷かったからなあ」
「まあ馴れてなかったのもあるって、確かに……最初は凄かったけど」
今より何年も前、メローネがアジトのキッチンでオムレツを焼いたことがあった。黄色い卵で作られたはずのそれは、形容しがたい色と見た目をしていた。
それでも、メローネのはじめての手料理だ。不安げに見てくる彼の目を無下には出来なくて、その時アジトにいた皆で黙々と食べたのだ。途中で呻いて下を向いたソルベの腹を、ジェラートが小突いていたのも懐かしい。
「オムレツは、あの後にノエミが焼き方を教えてくれた」
「オムレツしか教えられなかったとも言えるよ?パスタの作り方も、ソースの味付けも、教えてくれたのリゾットでしょ」
「それでも、最初に教えてくれたのはノエミだろう」
今日のメローネは何だか印象が幼い。過去の思い出話に花を咲かせているからだろうか。そこまで話してはじめて、彼がアイマスクを外していることに気がついた。
右目は髪の毛に隠されて見えないけれど、彼の左目がやけにハッキリと見える。
「メローネ、アイマスクは?」
「さっき料理するときに外したまんまだな、湯気が邪魔だったんだ、取りに行こうか?」
「いいよそのままで、ねえ、もっと見て良い?」
「もちろん、好きなだけ良いぜ」
椅子を立って、メローネの方へと向かう。椅子に座ったままの彼を、私が見下ろすような体勢になる。輪郭に手を添えれば、すり寄るように手のひらに顔を載せられた。まるで猫みたいだ。
手のひらにメローネを乗せたまま、もうひとつの自由な手で彼の前髪を払う。ほんの少しだけ色味の違う、彼の右目。今は失った瞳の替わりに光を受ける、義眼が嵌まっている。
「やっぱり何度見ても綺麗だね」
「そうか?自分じゃよく分からないな」
「こんなにあめ玉みたいで綺麗なのに」
そのまま唇を右目に寄せても、メローネは瞼を閉じない。舌を伸ばしてベロリと表面を舐めてみても、やっぱり飴玉のようには甘くなかった。
「瞼を閉じても良かったのに」
「こんなにノエミの顔が近いのに、勿体無いだろう」
「なあにそれ?ねえ、キスしてあげたいから、目を閉じて」
今度は素直に目を閉じたメローネの顔中に、降らせるようにしてキスをしていく。瞼にも、額にも、鼻にも、頬にも。けれども唇だけにはしなかった。
一息ついた私を引き寄せて、同じようにメローネもキスをくれる。彼もやっぱり、唇だけにはキスを落とさない。
椅子に座ったメローネの膝上に乗り上げるようにして、抱き締められる。
もし私があなたを食べたいと言ったなら、きっと喜んでナイフを渡してくるんだろうな。そんなことを考えながら、彼の体温だけを感じていた。
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