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ジェラートはキッチンで料理を作っていて、オリーブオイルの良い香りがリビングにまで広がってくる。ソルベはソファに座って、今回の報告書をまとめている。
私はというと、挨拶もそこそこにジェラートの横に立って、お手伝いのようなことをしていた。
「ノエミ、ペッパーとって」
「はい、ソースはこのくらいで良い?」
「いい感じじゃん、やっぱノエミは料理そこそこするだけあって助かるわ」
「ソルベのお手伝いは駄目駄目なの?」
「知ってるだろ、アイツの料理」
「知ってる、木炭」
仕事や用事などで頻度はまちまちだが、食事係は順繰りの当番制でまわっていた。もちろん得意不得意はあるから、皆が手作りをするわけではない。要は用意してあれば良いのだから、買ってくれば良いのだ。
ソルベはそんなうちの一人で、彼はいつも近所の総菜屋で買ってきている。
ある時、彼の当番が祝日に被ってしまったことがあった。周りの店はみんな休みで出来合いのものを用意できず、その上頼みの綱のジェラートも仕事で留守にしていた。
その日の食卓の凄惨な風景は、今でも思い出すたびに心が苦くなる。それでも、皆ソルベが四苦八苦していたことは知っているから、文句は口に出さなかった。アジトの救急箱から胃薬がスッカラカンになったのも今では懐かしい。
「ジェラートは料理するの上手だよね」
「まあ俺とソルベは元々諜報部にいたしなあ、こういうの出来ると役に立つワケ」
「その時にソルベは何してたの?」
「そりゃあ店の用心棒役だよ、か弱いコックを守るのはいかつく黒づくめの腕っぷし!ドラマみたいで楽しいだろ」
「それは確かに似合うかも……」
会話している間にも、ジェラートは料理の手を止めない。あっという間に大皿に盛られたパスタとおかずが出来上がった。大皿を手にリビングへ向かうジェラートを追いかけて、スープカップと取り分け皿の載ったトレイを運ぶ。
「ほらソルベ、飯だから書類どけろって」
「ああ、悪いな」
「ノエミ、皿ここに置いて」
「じゃあスープ配っちゃうね」
ジェラートがてきぱきと準備をしてくれたおかげで、私とソルベはすっかり手持無沙汰だ。ほんの数分足らずで、私たちは湯気の立ち込める食事へと有りついていた。
私は一人がけのソファに座って、ジェラートとソルベは二人がけのソファに座る。雑談しながら食事をすすめる様を見て、普通の家族ってこんな感じかななんてぼんやりと思う。
どうやら私の心のうちは言葉に成っていたようで、二人が目を見合わせる。ああなんか、それすらもすごく家族っぽい。
「家族だったらさ、俺とソルベってノエミからみたらどんな感じ?」
「ソルベとジェラートはーお兄ちゃん、料理上手の長男と背が高くて凄みのある次男」
「俺が弟なんだな」
「なんかこう、雰囲気でね」
他のメンバーについても考える。リゾットは保護者っぽいのでお父さん。ホルマジオは親戚のお兄ちゃん、イルーゾォはその弟。ペッシは弟だし、プロシュートはお父さんの弟かな。ギアッチョも私の弟。
そこまで考えた時に、どうしてもあと一人だけ思いつかないことに気が付いてしまった。メローネは、どうしよう。
「メローネはアレだろ、長女の婿」
ウンウンと唸り始めた私を見ていたジェラートはさも当然のように言い放った。婿、おむこさん。メローネが私の。
そんなことは今まで考えもしなかった。どうしてだろう、どうして私はそれを考えなかったんだろう。
「だってさ、いつまでも親子ごっこできるわけじゃないんだ、それともノエミはメローネのマンマにでもなりたいの?」
ジェラートの言葉がやけに重く響いて、脳髄に沁み渡る。親子ごっこ。私はメローネとどうなりたかったのか。どう『なりたかった』だって? それじゃあ、私はメローネとの現状に不満でも抱いているのか。ああ、どうして。なんで?
グルグルと目を回す私の瞼を、何か大きくてヒヤリとしたものが塞ぐ。テーブル越しに伸ばされたソルベの手が、私の瞼を覆って暗闇を与えていた。
「今はまだ辿り着かなくてもいい、ジェラートも先を急ぐな」
「えー、だってさー……ウーンまあ、今回は俺が悪かったかな!急かしてゴメンなノエミ、ほらデザート持ってきてやるよ」
手を外されたときに、ジェラートはキッチンに消えていて、ソルベも食事を再開していた。私の前には空になった皿があるのみだ。
そうして、その時に初めて手が白むほどにフォークを握りしめていたことに気が付いた。
「ソルベ、ごめんね」
「謝罪なら受けつけねえ」
「じゃあ、ありがとうソルベ」
今はまだ、わからない。
ソルベが怒った理由も、ジェラートが私に考えさせようとしたことも。何もわからない。わかりたくないだけなのかもしれない。
それきり私の意識は運ばれてきたデザートに向かって、抱えたモヤモヤのことは意識の外に消えていってしまった。
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