09

 組織から裏切り者が出た、らしい。標的に対して曖昧なのは、情報が錯綜しているからだ。
 どうやら逃げ出したのはスタンド能力者の男らしく、逃亡しながら様々に悪あがきをしているそうなのだ。諜報部の人間が殺されていたり、情報操作が行われていたり、スタンド能力で妨害を行っていたり。

 そんな面倒な案件でも、裏切り者には変わりないので殺さなくてはならない。そしてそんな時のためにこそ、私たち暗殺者はチームとして組織に形作られている。

「メローネ、どう?」
「すこぶる順調だぜノエミ、ベイビィの教育も捗ってる!あと数分もすれば標的の所へ着くだろうな」
「さすがだねじゃあ私はぐるっと確認してくる」


 相手はスタンド使いということで、迎え撃つこちらも万全を期したい。そんな理由から、今日の仕事は二人だった。

 本当だったらメローネは、スタンドの性質上こんな前線に出てくるべきではない。
 そもそも近距離パワー型の私のスタンドとは、こういった任務の時は相性もよくない。物を分解しながら潜んで近づくベイビィと、においを辿って直接近づかなければいけない私のスタンドでは、噛み合わせるのは難しいのだ。

 それでも、今日仕事が入っていないのは私とメローネだけだった。つべこべ言わずに成し遂げなければいけない日も、人にはある。
 標的の愛人だという女から、相手の遺伝子も入手している。先程には、その女に無事にベイビィが根付いたという連絡も来たので、後は待つだけだ。
 私はというと、万全には万全を期して、標的の大体の位置をスタンドで探り続けていた。


 散歩している一般人を装って、標的が潜んでいる建物の近くを歩く。手にはいかにも買い物してきましたというような袋付きだ。

 スタンドが感知した匂いは二人ぶん。標的の男ともう一人、これは女だろうか。愛人が組織に捕まっているというのに、呑気な男だ。逃亡先でも色ボケているとは。

 そこまで考えたところで、ああ、そうでもなかったかと認識を改める。私の目に映っているのは平屋作りのシャッターを降ろした商店。けれど、本来この建物は2階建てのアパルトメントだ。
 確かこれが今回の相手の能力。現実への認識をねじ曲げて、幻想を見せる。
 一般人にも認識できるというのはいかにも強力だ。けれどいかんせんコスパが悪い。幻想にリソースをつぎ込んでいるぶん、スタンドそのもの自体の攻撃力は高くないのだろう。コソコソと隠れ回って、こちらを攻撃してこないのが良い証拠だ。


 考えに耽っていると、室内のにおいがひとつ増える。ベイビィフェイスが標的の元へと着いたのだ。数秒して、においがひとつを残して消える。どうやら終わったようだ。
 本体が死んだためか、建物の外観が作り変わっていく。運良く通行人もおらず、騒ぎ立てられるようなこともない。メローネからも、標的を始末し終えた連絡を受ける。

「お疲れ様メローネ、においは消えたけど一応確認してくる、ベイビィは下げちゃっていいよ。」
「了解した、ああノエミ!どうやらベイビィが戦闘の際に手を落としてきたらしくてな、ついでに拾ってきてくれないか」
「あら、じゃあそれなりに抵抗したんだね標的さんは、オーケーだよ」


 後処理と確認のために、現場へと立ち入る。スタンドは解除せず、慎重に部屋に押し入れば、床一面に赤が広がっていた。

「……潰れた西瓜みたいだ」

 見せしめの意味もあるのだろう。ボスからの指令は「派手に始末すること」だった。かろうじて残された男の頭部がある他は、床中に残骸が散ってしまっている。ここまで綺麗に潰れてしまっては、水分ばかりで掃除が大変だろう。潰したというよりは、分解して撒き散らしたあとに、元に戻したのだろうけれど。

 うんうんと頷きながら部屋を確認していると、ふと気がついた。この部屋にいたのは標的の男と、その連れ合いらしき女の2人。
 床には血肉が飛び散って、見せしめ用の頭の他には原型をとどめていない。けれど、女の頭部が見当たらない。明らかに残骸の量が少ないのだ。もう一人は、何処にいった?


 私のスタンドが部屋に増えたにおいを感知する。これは、先程まで消えていたはずの女のにおいだ。

「人様の旦那の死体を潰れた果物呼ばわりなんて、ずいぶん酷いこと言うのね?それとも暗殺者って皆そうなのかしら」

 背後から、見知らぬ女の声が聞こえてきた。驚きと共にスタンドをけしかければ、瞬く間に女が消える。呆気にとられている私を余所に、女は事も無げに入り口の方へと降り立っていた。女は、身体中のそこかしこが千切れて血も流れ続けている。これは長くないと一目で分かる有り様だ。

「アンタ、こいつのツレだよね」
「連れ合いなんて野暮よ、奥さんって呼ぶところだわ。」
「死体に対する礼儀もクソもあるもんか」
「生意気なのねえ、そんなんじゃ嫁の貰い手がないわよ」
「結婚だけにしか女の価値を見いだせない老人は、あの世にすっ込んでなよ」


 よく見れば、女の腹はうっすらと膨らんでいて、薬指には銀色の輪がはまっている。そして背後には、そびえ立つ異形の姿。
 やられた。スタンド使いの男が女を連れていたのではない。スタンド使いの男女が、共謀して逃げ出していたのだ。

 目を見張るこちらを余所に、女は次々とあらわれては消えていく。窓際、クローゼットの前、ソファの上。そして最後に、浴室らしきドアの前にあらわれて動きを止めた。

「貴方たちにとってはただの始末対象だろうけどね、私にとってはたった1人の相手だったわ」
「へーえそう!じゃあそんな愛しい人の所に、すぐにでも連れてってあげようか」
「冗談、1人でなんて行ってたまるもんですか!」

 如何にも可笑しそうに、女はケラケラと笑い出す。浴室の引き戸が開けられて、何かが部屋側に倒れこむ。扉に立て掛けられていたのは肘から先の腕、ベイビィフェイスの腕がそこにはあった。

 何かをする間もなく、女のスタンドがベイビィの腕を拾い上げる。女は先程から、現れる度に何かに触れていた。クローゼット前に畳まれたソファの上掛けに、ソファ上のバスタオルに。
 つまりあの女は、行きたい場所に関連したものに触れることで、任意の場所へと移動できるのだ。そんな女が、ベイビィの腕を拾ったということは。

「貴方は後で、まずはこっちからよ」

 いっそ穏やかなほどに微笑んで、女が姿を消す。においは既に部屋に無い。


 急いで身体を向けた窓の外から、かすかに女のにおいが香る。どうやら遠くはない場所にいるようだ。きっと一度に移動できる距離は長くないのだろう。
 ホッとため息をついたのもつかの間、携帯電話が震えた。メローネだ。

「もしもし、メローネ!今どこにいる!」
「驚いたな、どうしたんだ大声で?あんまりにも遅かったからな、裏通りの方の真下近くまで来てるぜ」


 携帯電話を掴んで窓の真下を見れば、メローネの姿が見えた。
 ああ、なんて事だ、なんて事だ! 私が油断したばかりに、生かして逃がしてしまったばかりに!

 説明をする間もなく、メローネの正面に向かってスタンドを走らせる。
 壁になるようにして立ちはだかった、私のスタンドに驚いたのだろう、目の前に現れた女の目が見開かれる。それとも予想外の相手にナイフが刺さったことを驚いているのだろうか。
 脇腹に刺さった刃は深いところまで到達したらしく、飛び散るように私の血が飛び出した。


「近づいてくれて、どうもありがとう」

 逃げてしまうのであれば、近寄らせれば問題はない。女の喉元に食らい付いた私のスタンドが、そのまま肉を食いちぎった。
 ざまあみろ、思い通りになんかさせるもんか。息絶えて石畳に倒れた女を、ニッコリと笑って見下ろす。

 けれど、失った血の量に正直な身体は、チカチカと目の前を白ませて倒れていく。
 意識を失って倒れる寸前に、目があったメローネは、何故だかとても泣きそうな顔をしている。私はとても悲しい気持ちのまま、抗えぬ意識の薄れに目を閉じた。

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