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1歩進めば豪奢な細工の姿見が、2歩進めばオーナメントとして天井から下げられた小さな鏡たちが。3歩進んだ先では鳥を模した形の鏡が窓から差す陽光を反射して光り輝いている。
「イルーゾォが喜びそうだね、選り取り見取りのバーゲンセールだ」
「別にイルーゾォは鏡マニアってワケじゃないと思うぜ?それによお、こんなにあっちゃあ幾ら鏡でも気味が悪いや」
「ペッシったら随分と弱気!せっかく今日はプロシュートがいないのに、そんな怒られそうな事言わなくたって」
「あ、アニキには言わないでくれよキサラ!つい今朝も怒られたばっかなんだ」
別に今朝のイザコザは、ペッシが悪いわけではなかった。アレはただ単に、自分がいない場所でペッシが仕事に関わる事への心配だろう。まったく素直じゃない兄貴分だ。
教えてしまっても良いけれど、ペッシは素直だからソレを知ってしまえばきっとプロシュートに隠し通せない。私だって、無闇矢鱈に弟分を怒られるような目には合わせたくない。ということで今回は黙っておくのだ。
ニマニマしているのをからかわれていると思ったらしく、ペッシが少しむくれたように横を歩く。これは不味いぞ。少しは先輩らしいところを見せて挽回しなければ。そう心に決意して、ペッシを先導するように歩き続けた。
鏡で飾られた無駄に長い廊下を進んでいると、突き当りに一際重厚に作られた扉が有るのを見つけた。
きっとあそこが目当ての部屋だ。事前に受け取っていた資料とも一致する。
「ペッシ、ビーチボーイで中を探ってみて」
「分かったよ、うーんと、中には何もいねえな?生き物の気配はねえなあ」
「オーケー、ありがとうペッシ」
ターゲットの男は偏屈な老人で、長年一人暮らしだったという話だ。それでも念には念をいれるに越した事は無い。
ペッシと目配せしながら用心深く開けた扉の先は、今まで以上の鏡で溢れていた。
「わあ……オーナメントに姿見に、化粧台シャンデリア卓上オルゴール?よくもまあこんなに集めたねえ……」
「今までもそうだったけど、一層薄気味悪いや……さっさと探そうぜ、キサラ」
部屋には所狭しと鏡が置かれていて、迷路の様に入り組んでいる。怪我をしてしまうから、割って歩くわけにもいかない。手分けして探そうと別れてしまえば、視界に入るのは鏡に映った自分だけだ。
それにしても、何故あの男はこんなにも鏡を集めていたのだろう。ここまでのコレクションは圧巻ではあるけれど、見るものも一人しかいなくては意味もないだろうに。そう独りごちていると、不意に声が聞こえた。
「それがそうでもないのよ、こうしてあなた達みたいな可愛いお客さんも来てくれるから」
「……えっ?」
敵襲かと身構えてみても、自分の呼吸音しか聞こえない。それに、今の声は敵なんかじゃない。あまりにも聞き覚えがある。でも、それはいくらなんだってあり得ない。
「あの人は私達を大切にしたけれど、偏屈すぎたわ!あんな終わり方しちゃうぐらいには恨みもかって……ああ、この先を進んでみて、棚があるわ」
声は真隣から聞こえた。鏡に映る私が、いや。私の姿を真似した何かが。鏡の向こうから私の声で話しかけてきていた。
ニッコリと笑うそいつの言うとおりに進めば、確かに棚があった。私達の目的である書類もそこに収められている。急いで振り返ってみても鏡にはもう、呆けたような顔の私しか映っていない。
来た道を戻れば、同じく引き返してきたらしいペッシが入り口で待っていた。私の手に握られた書類を見留めたようで、ホッとしたような顔を見せる。
「無事に会えてよかったぜ、道を教えてくれてありがとうな!迷っちまったけどキサラのおかげで無事に引き戻してこれたよ」
「その助言、鏡の方から聞こえたんでしょう」
「鏡が掛かった壁向こうから、キサラが教えてくれんだろ?」
「……うんまあ、そんな感じかな!さ、戻ろうか」
余計な事を言って混乱させても良くない。曖昧に言葉を濁して、その場を去ろうと玄関に歩を向ける。
振り返って肩越しに見えた、鏡の中から手をふる何かには、小さく指先を振って別れを告げた。
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