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「……お前、確か」
「宮城ワカナ、アンタがリンチした宮城リョータの妹」
返答を聞いた三井が、眉を寄せて息を漏らした。その会話を聞いている部員の誰もが、目を見開いて言葉を飲み込む。そんな中でも一歩も引くことなく、少女は頭ひとつぶん身長差のある男を睨み付けていた。
宮城ワカナは物静かな少女だ。全体を俯瞰するように視線を凝らし、助けが必要な場にさっとあらわれてはまた己の仕事に戻っていく。かといって全くの無口と言うわけでもなく、部員たちと雑談で笑いあう場面も多々見受けられた。
双子とはいえ、二卵性であるからか外見すら全く似ていない。ゆるくウェーブを巻いた髪に伏し目がちのリョータ、かたや定規で引いたかのように真っ直ぐ伸びた髪に切れ長の瞳をしたワカナ。
寡黙で献身的で優等生。問題など起こすはずもない真面目な生徒。宮城ワカナとはそんな少女だと誰もが思っていた。乱闘騒ぎの翌日に頭を下げて練習場所に入ってきた三井に向かって、ワカナが肩をいからせて向かっていくまでは、だ。
「ワカナ、お前……!」
「黙っててリョータ!」
慌てて仲裁に入ろうとしたリョータを、ワカナは言葉一つで下がらせる。こんなにも感情をむき出しにして誰かに噛み付く少女を誰も見たことがない。17年間共に育った兄すらも、ここまで激昂する妹を見たことがなかったのだ。
ゆらゆらと立ち上るような怒りを纏わせた少女を、三井はジイと見つめていた。何かあれば割って入れるようにと部員の誰もが身構えて見つめる中、三井はふいに手のひらをワカナの目前で広げた。
「この手でお前の兄貴を殴った、他の奴らもさんざん殴ったな」
「……それで」
「それでも俺はこの手でシュートを決める、部活にも出る、ボールにも触る」
「出来んの?」
「やるんだよ、俺にはもうそれしかねえから」
三井はそう言うなり、手のひらを己の側に引っ込めた。ワカナはその様を黙って見つめていたあと、長い長いため息を吐いた。そしてひと際大きく舌打ちをしたあと、地を這うような声で喋り始めた。
「その言葉違えてみろ、どんな手をつかってもお前を殺す」
「わかった、あと好きなだけ俺の悪口言うか?」
「悪口は一日一回でいい、私の嫌味聴く暇あったらボール投げてろ。毎日見てる」
「よし、決まりだな」
快活に笑った三井の顔を、心底嫌そうにワカナが見上げる。そうして視線を何巡かさせたあとに、ワカナは赤木にむかってゆっくりと歩いていった。
「私情で部活動の雰囲気を乱しました、申し訳ありません」
「そうだな、理解しているなら良い」
「グラウンドを走ります」
「要らん、三井にブランク期間の変更点でも教えてやれ」
ワカナは大きく頷くと、部室の方へと歩いていく。新入生用の説明資料を取りに行ったのだろう。何とも言えない雰囲気が場に漂う中、三井が不意に喋りだした。
「宮城、お前の妹良いやつだな」
「は?」
罵詈雑言を吐かれた事も気にしていないかのように笑う三井に、リョータが呆気にとられた声を出した。さっきまでめちゃくちゃに睨まれてたじゃん、そういう趣味でもあんのかよ。あらぬ疑いに心を迷わせるリョータなど知らぬふうに、三井は尚も喋りだす。
「お前のぶんまで俺にキレてんだろ、そっちの方がなんか分かりやすくて良いわ」
「いや、アンタが良いなら、良いけどよ」
そうこうしているうちに、資料を手に持ったワカナが戻ってきた。自身のぶんを右手に持つと、空いた左手でプリントを三井に差し出す。その表情は笑ってこそいないが、怒りに歪んでもいなかった。
「まず設備から説明します、といっても2年前とさほど変わってはないでしょうが」
「新しく増えた決まりとかあるか?」
「清掃ルールと練習メニューが幾らか」
そのままワカナは体育館に背を向け、三井を引き連れて部室へと向かっていってしまった。先程まで話題にされていたのは己の事だった筈なのに、この妙な疎外感は何なのだろう。ムニャムニャと唇を動かすリョータの横には、いつの間にか桜木が立っていた。
「リョーちん、なに突っ立ってンだ?中入れよ」
「なんか……俺のことなのに俺そっちのけだったなって」
「そりゃそうだろ、タイマンって片思いみてえにお互いしか見てねえもんだぜ」
は、と間抜けな声を漏らすリョータを置いて桜木は体育館の奥に戻っていく。その先では彩子が手を振り上げているので、ドリブル練習にさっさと戻れということらしい。
じゃあ何だ、これから俺は実の妹が毎日のように部活の先輩しか見てねえ場面を見る羽目になるのか。しかも口論のタネが俺のこと。何でだよ。
何とも言えない顔で体育館に入ってくるリョータに、ソッと近寄ってきた木暮が声をかけた。
「最終的には全国制覇達成できたら、過程は問われないと思うから」
「妹と先輩がイチャつくみてえに毎日口論してるの見せられても?」
「精神力のトレーニングと思ってこう!」
親指を立てる木暮の向こうに、珍しくため息を吐いた赤木が見えた。ああ気まずい。これがきっかけでマジに付き合われたらどうしよう。身内のそういうの、俺あんまり見たくねえんだけどなあ。
じくじくと痛む頭が昨日の乱闘ゆえか、悩みゆえか。ろくに判別すらつきはしなかった。
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