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「む」

ぱちりと目を覚ました時、見覚えのある天井が目に入った。あれ、どこで見たんだっけこれ。やけに頭がぼーっとするな、目をゴシゴシ擦りながらあくびをする。体を起こすにもなんだかうまく動かせない。なんだ?昨日の仕事そんなにハードだったっけ?というか昨日の仕事…なんだっけ。うーん、頭が働かない。
とりあえず顔を洗おうと体を起こすと、そこが自分の部屋でないことに初めて気づいた。どこだここ?宿?とったっけ?頭にいくつも疑問符を飛ばしていると、不意にがちゃりとドアの開く音。え、とそっちを向くよりも早く、ドアから入ってきた何かがベッドにとんできた。

「…!」

どたんと起きたばかりの体が引き倒される。伸し掛るのは、男。きらりと光るものが喉元に突きつけられ、突然の展開に目を白黒させる。なにこれ、この宿すげーモーニングコール採用してるな。二度と使わないぞ。

「日向」
「え」

低い声に名前を呼ばれる。なんで名前知ってるの、あなた誰ですか。

「日向なのか?」
「は、はあ…日向…ですけど」
「誕生日は」
「は?」
「答えろ」

馬乗りに体を押さえつけられ、喉元には鋭い切っ先。目覚めにこんな状況ってかなり刺激的ですね、一般常識を身につけた方にモーニングコールをお願いしたかった。とりあえず警察呼んで誰か。
戸惑っているとぴりりと首元に痛みが走った。ちょっと刺さってませんか?見上げた男の瞳は真剣そのもの、その目にどこか既視感を抱きつつ答えると、次々プライベートに関わる質問をされる。なんやねんこれ…どんな寝起きドッキリクイズなの…。
答えずにいるとぐぐっと剣先に力を込められるものだからたまったものではない。仕方なく一通り答え終えると、男はまじまじとこちらを見つめる。それから信じられないというように、だがどこか感慨深そうに呟いた。

「…本当に日向なのか」
「はあ、日向ですけど…そういうあなたは、見たところわたしの知り合いにとてもよく似ているんですが、ご家族の方ですか?」
「家族?」
「デビルメイクライって便利屋しってます?そこの店主なんですけど」
「それは俺の店だ」

ああーやっぱりそうだよね。改めて男を見つめる。初めはびっくりしてしっかり観察できなかったけど、今よくよく見れば特徴しかない、銀髪に赤いコート、リベリオン。わたしの知ってる人間で、そんな格好の人は1人しかいない。

「あなた、ダンテ?」
「ああ」
「わあー…随分印象変わったね、イメチェン?」

やっぱり、ダンテその人。ご本人でした。でもなんだか昨日の今日で随分おっさんになっちゃったけどどうしたの?わたしにアドバイスできることがあるとしたら、少なくてもその髭は剃るべきだと思う、10歳は違うよ。ついでに言うとモーニングコールがわりに人の喉元にリベリオン突き付けるのはやめろ、今度お返しに寝てるあんたの耳元で爆竹焚いてあげるからね、覚えてろよ。

「…その舐めくさった台詞、本当に日向なんだな」
「はあ、どうも、日向ですけど」

ようやくリベリオンが喉元から離れる。あー地味に息苦しかった。仮にも同業者によくそんなもの突きつけられるよね、さすが悪魔も泣き出すデビルハンター。ところで本当にどうしてそんなに老けちゃったの。

「お前にとっては昨日でも、あれから18年経ったんだよ」
「……………………はい?」

何言ってんの?

「お前、悪魔に中てられて18年間時間を止められてたんだ」
「わたしが?」
「ようやく囚われてるお前を見つけて叩き起こしてやったってわけだ」

18年眠ってたって?たしかにダンテは20歳くらい年取ったように見えるけど、え、まって、じゃあわたし…

「……いや、考えたくない」
「まあ単純に計算すればお前もアラフォーだな」
「いうな!!わたしは18年経ったなんて認めてない!!」
「認めても認めなくてもどっちでもいいけどよ。一応言っておくと時を止められてたお前の精神はもちろん体も時間の流れの影響を受けてない。つまり18年前のままだ」
「あっ…そ、そうなんだ。ふーん」

よ、よかった。起きたらアラフォーでしたとか笑えない。ぴちぴち20代から一気にアンチエイジング世代とか、絶対に認めないからなわたしは。
密かに安心していると、がちゃりと頭の上で不穏な音。手首が冷たい。…なんの音?感触?上を見上げればなんとわたしの手首に手錠が付いているじゃありませんかヤダー。

「っておいおいダンテさん、なんの真似ですかこれは」
「なんの真似って、当然だろ」
「あんたの中の常識で喋るんじゃないよ、一般的な常識からものを言ってくれ」
「日向を拘束してる」
「そうじゃなくて。いやそうなんだけど、なんでそんなことしてるんですかって聞いてるんだって」
「お前は目を離すとすぐどこかに行っちまうからな、こうしとけば安心だ」
「あんたはわたしのお母さんか。子どもじゃないんだからそりゃどっか行くわ。取って、離して」
「取って欲しけりゃ可愛くおねだりでもしてみな」
「ダンテさぁん、お願い、これとってぇ」
「だめだ」
「ふざけんなおい今世紀最高の可愛いおねだりだったぞ、陥落しろよ」
「お前が目を覚ましたらこうするって決めていたんでな、離す気はねぇよ。俺の目の届かないところに行くな」
「あのさ、仮にお母さんだとしても過保護が過ぎるぞ。なんでダンテに縛られないといけないの。わたしはわたしの行きたいところで自由に、好きなように過ごすんだよ!」

がしゃんがしゃんと手錠を鳴らすもののダンテはどこふく風。呑気に鼻歌まで歌い始めた。くっそこのおっさん、この前までわたしに懐いている(とわたしは思っていた)かわいい弟分(とわたしは認識していた)だったのに、20年後はこんな太々しくて小憎たらしいおっさんになってるなんて。育て方間違えた?育ててないけど。
にしても、今更ながらこのおっさんの話が本当なら、わたしが件の時を操る悪魔を退治しにいってから、20年近く経ってるってことか。こわっ。起きたら20年後でしたとかこわっ。

「詳しい話は…飯を食いながらにするか。腹減ってるだろ。ピザでも頼もう」
「相変わらずピザなのね。でもありがたくいただきます。そして手錠外して」
「オリーブはお前に全部やる」
「それも相変わらずかよ。いい加減食べられるようになりなよ、まあ食べてやってもいいけど手錠は外してけって」
「ちょっと待ってな」

華麗にスルーしておっさんは部屋を出て行く。くそっさっきから人のこと小馬鹿にしおって、しかし見くびったな。18年経って忘れたのかもしれないが、わたしは縄抜けは大得意なのだ。記憶を思い起こしてみれば、たぶんここはダンテの事務所の二階の寝室だ、変わってなければ電話は一階の事務所にある。ダンテが電話しに行ってる間にこの手錠ぶち壊して逃げよう。
足音が遠のいたのを確認して、こきりと手首の関節を動かす。ふふん、楽勝楽勝。これくらいの拘束でわたしを捕らえておこうなんて甘いなあ、あと20年経ってから出直してこいってんだよ。ただピザは食べてあげてもいいよ、かなりお腹空いてるから。
頭上で拘束されているからよくは見えないけれど、順調に手錠から腕を引き抜く。よし、あと一息、って、その時。

「言い忘れてたが」
「ひっ」

突然かけられた声に思わず動きが止まる。ぎぎぎとベッドの足元の方を見ると、そこには出ていったはずのダンテが座っていた。
えっなになになになに、なんで?さっき出ていったじゃん、階段降りる音もしたのに、なんでこのおじさんベッドに腰掛けてるの?しかもご丁寧に足枷プラスしてつけてるし。こわっなにこれどんなホラー…
かちゃりと冷たい音を立てて足枷をつけ終えたおっさんは、ぐいと身を乗り出してわたしの顔を覗き込む。顔は笑っているけど、目が笑ってない。背中に冷たいものが流れる。

「逃げようなんて考えるなよ」
「はっ…」
「今度お前がいなくなったら、地の果てまで、いや魔界の果てまででも追いかけてやるからな」
「いや……そんなわざわざ追いかけてもらわなくても」

いいっす、間に合ってます、てか今度いなくなったらって何、今までわたしいなくなったことなんかあった?なんて言葉は圧倒的な圧迫感に声にならず。謎の恐怖にダンテを直視できない。と思いきや、がしりと顎を掴まれて無理矢理視線が重なる。こわっこわいこの人こんな悪魔じみてたっけ?
ゆっくりとダンテの唇が動く。


「まあ、それでも逃げるってんなら、その時は、


俺が殺してやるよ、お嬢さん」


わかったか?と優しく頭を撫でられ、わたしはといえば、壊れたおもちゃみたいにがくがくと無言で首を振るしかできない。顔が引き攣る。お嬢さんなんて馬鹿にした呼び方にもかなり腹は立ったけれど、それ以上の恐怖に何もいえなかった。そんなわたしの様子に満足したのか、ダンテはようやくにこりと笑い、今度こそ部屋を出ていった。しっかりと外れかけた手錠を直して。
残されたわたしは呆然と宙を見つめる。
………こっっっっわ。何?なんであの人あんな頭おかしくなってんの?わたしダンテに殺されるほど憎まれるようなことしたっけ?あー…心当たりがありすぎてわからない。これが年貢の納め時ってやつか?にしても18年ぶりの再会(わたしにとっては昨日ぶりの再会だけど)なのに全然穏やかじゃなかったな。ほんとどうしちゃったの、この18年でなにがあったんだ。
最悪の目覚めだと思ったけど、現状は更に最悪の極みにあったようです。

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