「なまえってさ、基本的にネガティブだよね」
「え、なに、急に」
 唐突にそんなことを言う友人の奈緒美を見れば、ずいぶんと真面目な顔をしている。
「いや……ネガティブだなって思って」
「私いまそんなにネガティブな発言してないよね!?」
 なまえが思わず突っ込めば、奈緒美は怪訝な表情を隠そうとしない。
「今はね。けどテスト前とかすごくない?」
「あはは……けどほら、ちゃんと時と場所と人は選ぶから」
「じゃなきゃ困るわ!」
 今度は奈緒美がなまえに突っ込む番だった。対するなまえはそれをなんでもないようにさらりと受け流して焦点をずらした。
「ナオさんは自分の中で自己評価と自己韜晦のつり合いがとれてるって感じだよね」
 しかし奈緒美は話を逸らそうとしたなまえを逃がさなかった。
「そう? というかそれはなまえもできてはいるでしょ、ネガティブに持っていくだけで」
「テスト前だけだから!」
 なまえの言い訳も通用せず、奈緒美は口ずさむように地獄のカウントダウンを告げた。
「あと2ヶ月でテストー」
「やめて……!」
(大学時代/テストの話1)



「降谷さん、助けてください……!」
「どうした?」
「労働法でわからないところがあって、教えてほしいんです。降谷さん去年取ってましたよね?」
「取ってたし教えるのもいいんだけど、みょうじはちゃんと授業受けてただろうし勉強もしてるだろ? 心配しなくても大丈夫だよ」
「無理です! 科目数多すぎて……」
「何科目テストあるんだ?」
「ええと……12、かな?」
「ずいぶん多いな」
「だって取りたい授業多すぎて!」
「まあ、確かに絞りきれないよな……。で、みょうじはどこがわからないんだ?」
「ここです、レジュメのここの……」
「うわぁ、なまえも零さんも勉強してる……真面目だぁ……」
「いや、ナオに言われても」
「いや、ナオさんに言われても」
「あたしたち真面目だし成績いいですもんね!」
「ナオがそう言ってるときは不真面目に見えるけどな」
「私はそろそろその枠から脱落しそうです……」
「生きろ」
「生きて」
(大学時代/テストの話2)



「……しんだ……」
 精神が削られた。
 なまえは定期試験の最終科目がかぶっていたためにテスト終了後に遭遇した降谷と並んで帰っていた。
 試験の解答が、というよりもなまえの精神が死にかけている。
「大丈夫か?」
 なまえよりも科目数が少ない降谷は他人事のように軽い口調で心配する言葉を発する。しかしそれもいつものことなのでなまえは気にすることなく首を振って否定の意を示した。
「いやもうだめです、死にそうです……。ひたすら甘いもの食べたい……」
「どこか寄ってく?」
 その魅力的な提案になまえは全力で頷く。
「行きます」
「即答だな」
 なまえの勢いに降谷は吹き出したが、そんなことに構っていられない。
「やっとテスト終わったんですもん、行きますよ! ストレス発散します」
 そう宣言すれば、降谷は笑ったまま、それでも幾分か柔らかな声でなまえに労いの言葉をかけた。
「お疲れさま」
「降谷さんもお疲れさまです」
(大学時代/テストの話3)



「え? 私は知らないよ……」
 なまえが首を振ると、奈緒美は意外そうに目をしばたかせた。
「そういう話しないの?」
「しないかなぁ……。んー、ほとんど勉強とか食べ物の話しかしない……」
「えーマジでかー。零さん、恋愛の話とか全然しないし隠してんのかなって思ってたんだけど」
 軽い口調で言った奈緒美になまえは苦笑交じりに言葉を返す。
「さぁ……まあ、人当たりがいいし立ち回りうまいから恋愛に限らず好意は寄せられやすいだろうけど……」
「あー、でもあれかな、なまえみたいな感じでしょ?」
「うん?」
「今いちばんやりたいのって勉強だから、そういうのあんまり興味ないのかなって」
 若干探りを入れられている気がしなくもない、と内心で思いながらなまえは話題の中心を奈緒美に向ける。
「そうかも……。けどそういうナオさんはー、なかなか口割らないよねー」
「なまえさんさらっとあたしの方に突っ込んでくるのやめて。あと口割らないって人聞き悪いよ! 特にないから言ってないだけ!」
「んー、じゃあ降谷さんとくっついてみたらいいんじゃない?」
「それ零さんもあたしもいいことなくない?」
「えっ、私は楽しいよ……?」
「それはなまえだけだから!」
(大学時代/恋愛の話1)



「ということで」
「ということで?」
「降谷さん」
「なに?」
「私はナオさんから依頼を受けまして」
「なんの?」
「降谷さんに付き合っている人はいるのか、いるなら美人かイケメンか、サークルはどこか、交友関係はどうか、などなど聞き出してくるようにと」
「ずいぶんと偏りがある依頼だな……」
「で、どうなんです? どんな人ですか?」
「いや、いないけど」
「あー、やっぱり。ナオさんもきっといないよねって言ってました」
「じゃあなんで聞いたんだよ……」
「念のための確認です。うーん、やっぱり降谷さんは今のところ勉強がいちばんですか?」
「まあ、そうだな……。恋愛の優先順位は低いかな」
「ですよねぇ。常識でしょって顔で一般的だとかふつうっていう定義を曖昧にしたままの言葉で無意識的に自己を正当化して相手が自分と同じ価値観を持っている前提で恋愛ってこういうものだからこういう関係ならこれをするのは当たり前って顔してる人多いですもんねぇ」
「ひと息……」
「すみませんちょっと自覚していたよりも鬱憤がたまっていたみたいです」
「だな。まあ、みょうじは場所とか相手は弁えてるからそれくらいいだろ」
「あはは、ありがとうございます。外面はちゃんとつくりますね」
「俺みたいに?」
「あ、言おうとしてたのばれました?」
「隠す気もないくせになに言ってるんだか」
「えへへー。いやぁでも、そもそも、あれですよね」
「え、なにが?」
「単にそういう話の一例にすぎませんけど、恋愛するのがふつう、とかそういう前提が……」
「ああ、ある価値観に立脚しているから議論としてはどうかっていう?」
「そうなんですよー。まあ、ナオさんはそのあたりを承知した上で私に話を振っているのはわかっているので彼女に対してどうこうは思わないんですけど……」
「あー、この前のか」
「そうです。……やっぱりわかります?」
「あいつしつこいからな。ナオもかなり聞かれたみたいだし」
「降谷さんもナオさんも食い下がられたんだ……」
「ああ……。いっそナオと付き合えって言われたよ」
「……………………へぇー?」
「みょうじも似たようなこと言っていたって、ナオから聞いてるからな?」
「……黙秘します!」
(大学時代/恋愛の話2)


ホワイト・エレファント