「私、アガサ・クリスティーのミステリー小説も好きなんですけど、『春にして君を離れ』も好きなんですよ。けどミステリー畑の人って意外と読んでいない人もいるみたいで……降谷さんは読んだとこあります?」
「ああ、確かにミステリーだけ追っていると読まないかもね。俺も実は読んだことないんだ」
「貸します。押しつけます」
「じゃあ貸してもらおうかな」
「今度持っていきますね」
「ありがとう。みょうじはミステリー以外でよく読むものはある?」
「ファンタジーとか時代小説……SFも読みますよ」
「ファンタジーといえば?」
「C.S.ルイス、エミリー・ロッダ」
「有名どころだね。あとミヒャエル・エンデ?」
「うんうん、外せませんねぇ。あと上橋菜穂子も」
「王道だね。あとは……俺は時代小説だと司馬遼太郎と藤沢周平、あとあさのあつこも読むかな」
「藤沢周平、実は読んだことないんですよ……あと宮部みゆきとか冲方丁も好きです」
「いいね。あと畠山恵も外せない」
「ですね! あ、そうだ今度『夜消える』貸してくださいー。短編から入りたい……」
「様子見は大事だね」
「読みたい本が多すぎて大変です」
「積読は消化できた?」
「それ私も訊き返したいです」
(大学時代/本にまつわる話)



「好きな本……いや、本に限らず、好きなもの嫌いなものって顕著に個人の思考・思想が現れるという前提があるとします」
出勤前のゆったりコーヒータイムと称して降谷と向かい合いそれぞれソイラテとカフェラテを片手に話していたところで、なまえは唐突に思い浮かんだ話題を口にした。
「また唐突な……」
「苦笑しつつ聞く姿勢になってくれる降谷さん、押しに弱い」
「諦観してるだけだよ」
 かわいい後輩に冷たいですよという言葉は飲み込むことにして、降谷が視線で先を促してくるので素直に話を進める。
「とりあえず、共通項の読書・本に関連付けて話していきますけど、本棚ってその人の趣味嗜好思想性癖傾向……いろいろと詰め込まれているものでしょう? 本棚だけじゃなくて本一冊とってもそうです」
「まあ、そうかな」
 降谷がこちらの勢いに引き気味な気はしないでもないが、気にしないで続けさせてもらう。
「読んでいる本のタイトルや作家名を訊くということは、ひいてはその人物の個人的思想や嗜好に触れることですよね? ましてや勝手に覗き込むなんて、人の家に土足で上がり込んで荒らしていくようなものですよね?」
「あー、そんな人がいた?」
「見知らぬ人たちの話ですけどね」
 友人関係にあるように見えたふたり。本を読んでいる彼の後ろから女性が予告なしにその手元をのぞき込んで、彼は苦笑していた。
「……まぁ、それはそれとして」
「それとして?」
「最近のおすすめの本教えてください!」
「今の話題の後にそれ聞くのかぁ」
 そんなふうに言いつつ、なんだかんだ教えてくれることをなまえは知っている。
(本編後/本にまつわる話)



「憧れるけど実際に就きたくない、向いていない職業ってあります?」
「また唐突だなぁ……。編集者」
「得意そうなのに」
「本は好きだしやりがいもありそうだけどね」
「その仕事したいとは?」
「思わないかな。特にミステリーの編集は大変そうだと思って」
「確かに。伏線が多ければ多いほど大変そうです……」
「ミステリーは読む専門がいいかな」
「探偵は?」
「小説のようにはいかないだろうね」
「ですよねぇ。浮気調査が多そう」
「あとは人探しとか盗聴器発見とかかな」
「迷宮入りしそうな事件を鮮やかに解決、とか憧れますけどね」
「実際にはなかなか遭遇しないだろうね。事件もないに越したことはないし」
「やっぱり降谷さんは警察官がいちばん向いていそうですよね」
「あはは、ありがとう。現場で働きたいよ」
「くれぐれも怪我には気をつけてくださいね」
「気が早いなぁ」
「降谷さんなら絶対なれると思いますもん」
「それはどうも」
(大学時代/職業にまつわる話)


ホワイト・エレファント