公の場なら自制もするし気が緩むこともないが、プライベートで親しい相手となればまた違う。アルコールが入れば多少意識は緩むし弱みを見せられる相手ならなおさらだ。
 なまえは酒を飲むのが好きだった。ちなみに笑い上戸でも泣き上戸でもない。記憶を飛ばすこともなく必要以上に人に絡むこともない。
 しかし、残業でのストレス、ストレスによる睡眠不足、疲労。これらの蓄積によりなにも考えずに楽しく飲んで、気心が知れている相手と話していれば、自然と絡む形になってしまうのは致し方ないと思う。
「日本酒の焼酎割りっておいしいんですかね?」
「ものによって大惨事になると思うけど」
「じゃあワインの焼酎割りとか」
「聞いたことはあるけど失敗したら」
「いっそ全部混ぜてみるとか」
「人の話を聞いてほしい」
「混ぜまーす」
 無言で焼酎の入ったグラスを取り上げられた。さすがにほんとうにやるつもりはないが、それをわかっているはずの降谷は有無を言わせずペットボトルを手に取り水割りをつくる。
「あーあ」
「飲まないなら俺が飲むけど」
「いや飲みますけど」
 降谷がさりげなく水を用意している。もしかしたらすり替えようとしているのかもしれない。しかしなまえはそれに気づかないほどまでには酔っていない。
「……すり替えようとしても気づきますよ?」
「すり替えないから一応水も飲んで」
「はーい。それで降谷さんはなに飲むんです? ワインと焼酎とウイスキーとブランデーと日本酒で混ぜてみます?」
「大惨事になるからやめようか」
「やりませんよー」
 アルコールでというよりもむしろ雰囲気で酔ってふわふわした頭で答えれば、降谷は柔らかく微苦笑を浮かべる。仕方ないなぁというふうに笑って追及してこないその優しさが身に染みて、アルコールで涙腺が緩んでしまいそうだと思った。
(本編後/アルコールは口実)



「いよかん人懐っこかったな」
 降谷さんが先ほどの光景を思い出していたのか、柔らかな声で言う。なまえはそれに深く頷き同意した。
「ですねぇ。擦り寄ってきたし……手足短いのもかわいかったです」
「そうだな。あとふわふわしてたな」
「触り心地最高でしたよね……」
 ふたりでうっとりと話していると、隣でノートを広げていた奈緒美が苦虫を嚙み潰したような顔を向けてきた。
「ちょっと待って……。ふわふわの伊予柑ってなに、触り心地って? いやわかるんだけどね、わかるけど伊予柑って」
「あー、あれだよ、猫の名前。ノラ猫」
「ああそういうね……。けどノラ猫に名前……?」
 小学生がつけていた名前だと教えると、奈緒美はわかりやすく苦笑した。
「なるほどね。……いやそれにしても二人ともいつもそんなふわっふわした会話してるの? なんなの?」
「そんなことないよー。ですよね?」
「そうだなぁ」
「あえて間延びした返事をするふたりに他意を感じます」
 それには答えずにふたりそろって笑顔を返すと、彼女はわざとらしく呆れた表情をつくったあとこらえきれないというように吹き出して破顔した。
(大学時代/いよかんはもちろん食べ物じゃなかった)


ホワイト・エレファント