わたしのこと

私は今、小さな丘の上にいる。小道を通り、森をくぐり抜け、急勾配な坂道を登るとたどり着く。丘の上には青々と花や草が茂っており、緑の匂いといえばよいのか、そんな匂いがする。季節は冬。だというのに、今日は晴れていて空も青く綺麗だ。辺りには誰も居らず私ひとり、風で草が、木が、揺れる音くらいしか聴こえない。静かで、私はこの空気を好んだ。
今日、この丘の上まで、やってきたのは薬草採取のためである。この丘には様々な薬となる草花が生え、咲き誇っている。でも私以外にはあまり知られていない場所で、お気に入りなのだ。

大きく息を吐いて、大きく息を吸った。
薬草採取も無事に終わった。依頼された分と、私が使う分。これだけあれば十分だろう。種類も数も。
ただ、私が使う分の薬草はこんなにもいらなかったかもと少し自嘲した。最近は少し薬草を使う機会が減ったのだ。まあ、乾燥させておけばいいだろうと気を取り直し、一息ついてから、丘を下ることにした。家路へ。と、その前に依頼人の元まで行かなくては。まだ明るいけど今は冬、日が暮れるのも早い。練習のためにも、風を操る魔法を使って素早く帰ろう。

夕方になった頃に街に着くことが出来た。依頼人は小さなおばあさんである。いつも丁寧にお礼をしてくれるから、こちらも嬉しくなる。今日も報酬のおまけでクッキーをもらった。簡単な依頼だったけれど、私にもまだ人の役に立てることがあるんだと、つい思ってしまった。

ギルドへ戻ってくると、いつもの通り騒がしい。このギルドの面々は仲がいいが、喧嘩も多い。今日もナツとグレイが喧嘩。マスターとミラさんに依頼の達成を伝えると騒がしい中心地から離れたところへ座り、彼らの様子を眺めた。相変わらず、彼らは仲が良いし、元気だなぁなんて。

まだまだ夕方を過ぎた頃、ギルドの夜はこれからだけれど、私はひとり家へ帰る。最近は夜にギルドにいることが少なくなった。私自身は酒を飲まないのだけど、陽気な酔っ払いたちを見るのが好きだった。けれど今はそんな気にはなれない。少し前の私なら、まだそこにいたのだろうけど。今日は家で採取した薬草を整理して干そう。私の家は一軒家だから薬草の匂いを気にしなくて済むな、なんていつも分かりきっているどうでもいいことを思いながら。
今日は月が綺麗だ。冬も近づいてきたからだろう。そんな月を窓から見ながらため息。なんだかやる気が起きない。帰宅すると、最近はいつもこんな感じだ。今まで私、この時間何してたんだっけ?何となく身を持て余す。ソファに身を任せた。そうだった、まだこの時間はギルドで、夕飯を食べていたんだった。じゃあ、ご飯を食べなければ。でも食欲もないし、気力も湧かない。
家にいても、やることはたくさんある筈だった。薬草の研究をして、魔法の練習をして…。今まで出来ていたことが出来ない。
あぁ、でも今は薬草で薬を作ってもおまけ程度の扱いだ。怪我をしても皆、ウェンディの魔法で治してもらうことが多くなった。わざわざ時間のかかる薬で治そうとするなんて。私を必要とする人は、グンと少ない。ウェンディが悪い訳ではない。彼女の目が届かないところだってあるのだし。魔法の練習だってなかなか上手くならない。
いわゆる、行き詰まってしまったのだ。

私の両親は、妖精の尻尾所属の立派な人だった、らしい。らしいというのは幼い頃に亡くなって、あまり覚えていないからだ。父は風を自在に操るS級魔導士。母は優秀な薬師。私は物心がつく前から、ふたりに指導され、風の魔法、薬草に関する知識を身につけていったそうだ。そこでグンと力をあらわしたらしい。
両親に教わっている時は、とても楽しい時間だったことを何となく朧気ながら覚えている。ギルドの皆にも可愛がられて、両親にも愛されていて。この頃が私の一番の幸せだった時期かもしれない。
両親が他界したのは、私が五歳の頃。事故だったらしい。私もその現場にいたのだが、小さすぎて、そのことは覚えていない。魔法の暴発が原因だそうだ。まだ小さかったこともあり、ショックも大きかったのだろう、暴発が怖くなったのか、私の魔法はなかなか上達しなくなっていた。大好きな父と一緒だった時間ではなくなり、練習が色あせていったことが一因としてあったのかもしれない。
父がS級魔導士だったことで、期待されていた私だったが、時間が経てば魔導師としての実力を期待する人はいなくなっていた。母は薬草に関する書物、薬のレシピを残してくれたが、それだって、なかなか伸びずじまいで、やはりそこも両親との思い出が邪魔をしているのかもしれない。幸せな思い出だったはずなのに、それが私を阻んでいるのだ。自分が不甲斐なくて仕方がないが、もがいてもがいた結果がこれだった。がむしゃらに練習、勉強した時期もあったけれど、その時期もすぎて、今では諦めてしまっている。
そして、私は魔導師としても、薬師としても、中途半端な存在になってしまった。

何をするでもなく、何となくぼんやりとしていると、急にドンドンと辺りから足音が聞こえた。緩んでいた気が少ししゃんとする。いつの間にか、彼は玄関の前まで来たのだろう。飾りばかりのノックをし、入るぞ、と一言。まだ返事もしていないのに、こちらへ向かい、私のいる部屋まで入ってきた、いつもの彼は、グレイである。
直ぐに服を脱ぎ捨ててしまう不思議な癖がある彼だったが、今は服を身につけていた。今はそうなんだなと少し思っている間に、どうした?と彼は私には尋ねた。ぼんやりしすぎていただろうか。なんでもないよ、答えると、彼は私の頭をくしゃくしゃと撫でた。そんなことで負の感情が霧散していくなんて現金だ。嬉しくなって、彼に笑顔を向けると、彼も微笑を浮かべた。

そんな彼と私はいわゆる恋人という間柄である。そしてその彼との関係も、私の悩みごとのひとつである。