オサムとチカが本部に行くらしいから、おれも行くことにした。本当は個人ランク戦に行きたいけれど、オサムに「宿題ちゃんとやれ」と言われてしまったからにはやらないとまずい。ただ、今日の宿題は一人でやるには難しかった。
 先輩たちでも、誰か仲良い人がいたらありがたいけれど、今日は捕まりが悪い。ふと、コイビトと今日会ってないことに気付いて連絡をすれば、部屋で宿題をやっているとのことだった。彼女はボーダーに部屋を借りているから近いし、宿題をしているなら教えてもらうのにちょうどいい。今から行くとだけ文字を打って、コイビトの部屋の方向へ向かう。

「早かったね」
「本部にいたもんで」
 いつもは窓から出入りする部屋に、玄関から入るのは新鮮だ。アヤリもメッセージで言っていた通り制服姿のまま宿題をやっていたようで、机の上には勉強用具が広げられていた。
「宿題多いの?」
「うん、防衛任務が学校の時間と重なっちゃってて」
「なるほど。ちゃんとやってえらいな」
「遊真くんがやらなすぎなんだよ」
「そんなことないぞ、今日も宿題聞きに来たんだ」
 おれが倒せそうにもないプリントを手渡せばアヤリは顔をしかめていた。
「これは難しいね……?」
「だろ?」
 プリントは大きくない、項目は一つしかない。ただその一つをおれは書くことができなかった。こういう質問をアヤリも苦手なことはなんとなくわかっていたけれど、思ったよりも答えが出ないらしい。
「 "幸せって感じるとき" なんて、難しい質問を宿題にするね」
 おれもそれには同感だ。

 *

「修くんは何か教えてくれなかったの?」
 プリントと向き合い続けて数分。ハッと思いついたように顔を上げて出した言葉はオサムの名前だった。
「オサムはこれは人によって違うからって」
「じゃあ私に聞いても一緒だよ?」
「アヤリにとってのしあわせってなにか、聞く口実になるかなとおもいまして」
「わかったうえで、私のとこ来たんだね」
 いいけども……。なんて顔を赤くするアヤリはかわいい。こういう "幸せについて" なんて質問にアヤリが困ることなんてわかりきっていたけれど、困らせたくなるのも今の関係のとっけんってやつだし、おれの楽しみの一つでもある。
「参考にするからアヤリにとってのしあわせを教えてよ」
「教えれたらこんなに何分もにらめっこしてないんだけどね……」
 今にして思えば、近界では衣食住があれば幸せだったんだと思う。でもこっちで衣食住と書くことが正解じゃないことくらいはおれにでもわかる。ボーダー隊員とはいえ、戦っているとき、訓練の成果を実感したとき、とかもみずぬま先生が見たら心配する気がする。こういう質問に求められる答えは、あくまで一般的な、誰が見ても安心するような答えだ。
「あっ……」
「思いついたか?」
「一応ね」
「教えてくれ」
「なにも考えなくていいとき」
 それは幸せを感じることもできていないのでは? と突っ込みたくなるのを言葉では抑えたが、表情は抑えきれなかったらしい。「そうじゃなくて……」と言いながら、説明するための言葉を探しているようだ。
「目の前のことに集中してるというか、いっぱいいっぱいなときって、他のことは何も考えなくていいから。それが私にとっては戦闘とか訓練してたら、他のこと考えてられないし……」
「アヤリには考えたくないことがあるってことか?」
「鳩原さんのこととか。考えても仕方ないのに、考えちゃうし、寂しくなるから……」
「なるほど」
「ただ、このままだと結局訓練とか戦闘に集中してるときになっちゃうから、遊真くんなんか集中してることとかあったら、それでどうかな?」
「ふむ……」
 自分の宿題よりも、アヤリの幸せって感じる時を聞き出したかったおれとしては、その答えにアヤリらしさを感じつつ、おれがとくべつ、彼女を幸せって思わせるのは難しいのかもしれない。
「経験してみないとわからないですな」
「経験……」
 プリントに向き合うと、さっきまでなかった影がおれとプリントを覆っていた。こんなに影が濃くなるほどアヤリが近くに来てくれたのかと、その方向に身体を向ければ、両頬にアヤリの少し冷たい手のひらが当てられ、おれの首はぐいっと上を向かされた。そのまま押し付けられた唇同士の柔らかい感触が、いつもとは違ってアヤリから突然、一方的に与えられたものだと実感すると、驚きと嬉しいと少しの照れが自身をぐるぐると駆け巡るような気がした。
 アヤリによって唇が離されてしまって、おれは何かを言えるわけでも動けるわけでもなくて、今ここが戦場だったら確実に狙われてるんだろうなとなんとかいつもの思考を取り戻そうと必死だった。それでも目の前の彼女が、頬を赤くしながら微笑んでいて。
「どう? 私の幸せ、経験できた?」
 なんだか、トリオン体だから気のせいのはずなのに、胸が痛い気もするし、顔も赤くなってる気もする。
「わからんかったから、もう一回……」
 必死に出した言葉は、「嫌だよ、もうちゃんと宿題やって」と誤魔化されてしまった。
 
 





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