それは突然の出来事で、耳に届くのは建物が崩れる音、爆発音。鼻につくのは有機物が燃える焦げの臭い、埃臭い。目に映るのはさっきまで寛いでいた家が跡形もなく崩れていて、下敷きになっているこの人形は、さっきまでご飯を作っていた母と同じ服で、何かをかばうように倒れているのは父の付けていた腕時計をしていて、かばわれながらも動かなくなっているのは紛れもない弟で。私はというと、所々に怪我をしたようで、痛い場所を触ると手がぬるりと赤く汚れた。
 どうしてこんなことになってしまったのだろう。前触れもなく訪れたその光景は、初めて見るものばかりでまるで父が好んで見ていた映画のワンシーンのようだ。大きくて白い化け物も、この崩れた家も、炎も、煙も、家族も、全部映画のセットで「驚いた顔が欲しかったから黙っていました! ごめんね!」なんて誰かに言って欲しい。
「彩里ちゃんっ!」
 振り返れば、近所のおばさんが足を引きずってこちらに向かっていた。野菜をいつもくれて、学校行くときに出会えば挨拶を交わす、どこにでもいるご近所のおばさんですら、この非日常な光景に相応するボロボロな姿をしていた。
「おばさん……、足、どうしたの?」
「彩里ちゃん、学校の方に向かって走るのよ」
「おばさんは?」
「おばさんは足を怪我したみたいだから、後からゆっくり行くわ。彩里ちゃん、行けるね?」
 おばさんの言葉に首を縦に振り、私はその場を離れた。言われた通りに学校の方向に向かう。こんな避難訓練習ったことなくて、もっと真剣に先生の話を聞いておけばよかったと痛感する。耳に届く轟音と、視界に映る日常が崩れていく光景に追いつかれないように、怪我で痛む場所のことなど忘れて、学校を目指して走り続けた。


 夜は肌寒い。学校が避難所になっていて、支給された毛布に身体を包み、体育館の外へ出た。昼間の轟音が嘘のように静かで、避難所に訪れている人たちも疲れているようで、幼い子どもの泣き声が響くのみだった。建物が崩れたことで、街から電気の明かりが消え、生まれて初めてこんなに暗い三門市を目にする。私の家族はもういないし、声を掛けてくれたおばさんの姿もない。見知った顔も見かけない。心細い、これからのことを考える不安、突然亡くしてしまった家族、自分だけ助かってしまった現実。考えれば考えるほど涙が溢れてくる。心が沈んでいくように、顔も自然と下を向いてしまう。涙が零れないように、勢いよく上を向いた。
 そこには明かりが消え、暗くなった三門市で見上げる空を星が覆っている、皮肉にも今まで見た夜空の中で、一番綺麗だった。





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