チャイムが鳴って、学校の昼休み。今日は面倒だったので適当にコンビニで買ったエネルギーゼリーとカロリーメイトを食べていた。レイジさんたちに言われてから、だいぶ食生活自体は元に戻りつつあるけれど、自身のお弁当の用意は面倒だし、あまり食欲のない日は誰にでもあるだろう。今となってはお腹の相棒になったゼリーを吸いながら窓を見つめる。今日はとても良い天気だ。
この三門市立第四中学校は、私がお世話になっていた施設の近くにあり、第一次侵攻の被害が、近辺の中学校に比べたら少ない方だった。だから私のような少しでも近界民から遠くにいたい生徒が結構通っている。施設にいた子たちもちらほら見かけ、時間が合えば会話を少ししたりすることだってある。今日の青空に山の緑が良く映えるな、なんてぼーっとしながら外を眺めていたら、突然ボーダー本部のある方向の空が黒くなった。
「嘘でしょ……」
目の前に広がる真っ暗な空、聞こえる警報音、突然開かれていくゲート。あの時と同じ、近界民による侵攻に間違いないだろう。
どくんと心臓が跳ねた。クラスメイトたちも窓に張り付いてその光景を見ている。固まる子もいれば、写真を撮って騒いでいる子、廊下から先生たちの避難を指示する声も聞こえてきている。制服のポッケの中で鳴り続ける私のスマートフォンは本部からの緊急の呼び出しだろう、頭はそこまで回っているのに、目の前の光景から離れることが出来ない。侵攻が近々あると予想されていることは通達がきていて知っていた。知っていたはずなのにいざ目にするとあの時の記憶がフラッシュバックしているのか鮮明に脳裏に浮かぶ。私はボーダー隊員であの頃とは違うのに、トリオン兵だって防衛任務で倒してきたのに、カタカタと震える拳を握りしめることしかできなかった。
「あやりん先輩!」
「……緑川くん」
「なにやってんの!? 早く行こうよ!」
廊下から声を掛けてきたのは、ボーダーA級隊員で後輩の緑川くん。彼はいつもと変わらない元気な声で、早く早くとその場で駆け足している。私を待ってくれているようだ。
「私、B級だから一緒に行動できないと思うよ?」
「いーじゃん、途中まで一緒に行こうよ!」
ニカッと笑う彼が、こんな状況なのに本部で話すときと変わらない様子を見ていたら自然と笑えてしまう。いつのまにか手の震えも治まっていた。
「ごめんね、行こう」
「そうこなくっちゃ!」
あの時とは違って、私はボーダー隊員で、戦う力だってもう持ってるんだから。戦場で命を落とせるなら本望と思っていたじゃないか。いつの間にかボーダーで生きることが、初心を忘れるくらい大切になっていたことに、こんな時に気付くなんてと自分を嘲笑しながら緑川くんの後に続いた。
*
敵を撃退しながら今の戦況について整理する。今までの戦争での経験から言っても、今回は相手の方が数の有利をとってくるだろう、オサムに油断しないように声を掛ける。どんどん溢れてくる敵、通信で伝えられる新型トリオン兵の出現、B級隊員の合流指示、やれやれ敵さんも簡単には勝たせてくれないようだ。
オサムとレプリカが会話を聞く限り、チカのいる方向は避難が遅れそうだ。きっとオサムのことだ、自分の判断が間違えただの今頃考えているだろう。オサムがいつもの冷や汗をかきながら考えている表情がうかがえる。目の前の建物が大きな音を出して崩れた、中から出てきたのは見たことない、たぶんさっき通信のあった新型だろう。
戦いは迷ったら負けだ。
自身がレプリカに言った言葉を思い出す。親父の形見であるトリガーを起動して、新型トリオン兵へ攻撃を仕掛ける。チカのことも、オサムのことも助けていきたいと自身が思ったのだから、出し惜しみしている場合じゃない。
「一気に片付けるぞ」
そうオサムとレプリカに告げる。ほんの少しだけあいつのことが気になった。近界民嫌いなあいつのことだ、実力も知っているから心配ないけれど。
今は目の前のことに集中しよう、あいつとはまた戦いが終わったら屋上で話せるだろうから。
*
「私は指示通り合流を目指すけど、緑川くんはどうするの?」
「うーん、とりあえず倒しながら移動かな。おもしろそうなとこ探してみるよ」
「そっか。ここは天羽さんの戦闘の邪魔になっちゃうし、急ごう。気を付けてね」
「あやりん先輩もね」
私たちの学校は基地の北西部にあたるため、このあと天羽さんによる戦闘が行われると通達があった場所周辺にいた。天羽さんの戦闘は見たことがなかったけれど、いる方が邪魔になると聞いたことがあったので、早急に離れたい。私は緑川くんと別れて、簡単に倒せるトリオン兵を切りながら、B級隊員の合流地点へと足を急がせる。本来ならばこういう時、部隊で動くのだろうけれど、残念ながら今日も所属する部隊の隊員たちは忙しいようで、みんなそれぞれの対応をしているらしい。普段からなかなか部隊の活動はできないため、こういう時くらいは一緒に動きたかったと思うが、今は自分たちに与えられた働きをするだけだった。私よりも実力のある人たちだから心配する必要もないだろう。ふと、チームメイトのことを考えていると彼のこと思い出した。
あの白髪の彼は、このような事態はどう動くのだろうか。今はボーダーに所属しているし、情報提供も行っていた。過去の話から、傭兵として活動していたことを知り、今回もきっと戦ってくれるだろう。でも、もし相手が遊真くんと交流のある国だったら、協力したことのある国だったら、ボーダーよりもそっちを選んでしまうのではないだろうか。
「それは、嫌だな」
つい声に出して呟いてしまう。周囲に誰もいなくてよかった、いたとしてもこのそこら中から響き渡る戦闘音で私の呟きなんてかき消されてしまうだろうけれど。
いつからだろう、よく知らないまま近界民だから嫌いだと否定し続けたのに、私に興味があるからとか言って私のことを知ろうとしてくれて、いつの間にか一緒にいることが増えて。私の話をして、彼の話を聞いて。今では敵に回ってほしくないなんて思ってしまう。私自身が言える立場でもないし、むしろ敵に回ってもおかしくない態度をとっていたのは私なのに。
(この戦いが終わったら今までのこと全部謝ろう)
だから、どうかキミが敵に回ってしまうなんてことがありませんように。
そう祈った時だった。かなり近くで戦闘音が聞こえた。誰か戦っているのだろうか、今私が優先すべき指示はB級隊員の合流の合流地点に急ぐことに変わりはないけれど、少し最短ルートから逸れるだけで様子を見に行く、最低限の援護を行っても怒られることはないだろう。
その時だった、通信に風間さんが緊急脱出したことが全員に告げられた。人型近界民が現れただけでも戦況が動いたのに、この通信には多くの隊員が動揺したことだろう。攻撃手二位の風間さんですら黒トリガーに勝てなかったとなると、いったい誰が倒せるのだろうか、なんて私が不安に思ったところで戦況が良いものになるわけではないので、その場で頭をぶんぶんと振る。
「アヤリじゃん、何してんだ?」
「遊真くん、その格好…」
「そっか、見せるの初めてだもんな」
これが前話した親父のトリガーだよと、戦闘中にも関わらず笑顔を見せる遊真くん。後ろに嵐山隊の嵐山さん、時枝先輩の姿が見える。通信で「梨本、おっつかれ〜」なんて緊張感のない佐鳥先輩の声も聞こえた。どうやら戦闘音は遊真くんと嵐山隊がトリオン兵と戦っているものだったようだ。
「梨本はどうしてここに?」
「合流に向かっているところだったんですけど、大きな音が聞こえたので様子を見に来ただけです。嵐山さんたちだったんですね」
周りを見渡すと、ここらは一息ついたようで、
私が心配することなどなかったようだ。それどころか、この戦闘が終わったら謝ろうと思った相手に思いのほか早く顔を合わせることになってしまった。なんとなく目を合わせにくくて、少しだけ今の姿を見てからすぐに視線を嵐山さんに戻す。黒トリガーを起動している姿を初めてが、まるで知らない人、それこそ白い髪も合わさって同じ世界の人ではないみたいだった。近界民であることをずっと知っていたはずなのに改めて自覚させられているようだ。さっき自分で考えた敵になってしまう可能性が現実味を帯びた気がして、トリオン体なため気のせいだとわかっているけれど、嫌な汗がじわりと体から出た気がした。
「おー、頑張ってるな遊真」
突然増えた声にその場にいた全員が振り返る。
「迅さん」
「迅!」
彼は玉狛の迅悠一さんだ。迅さんが現れたことでその場の空気が少し明るいものに変わった気がした。
「彩里はこれから頑張るところだな」
「さぼってるわけじゃないですよ」
「わかってるって」
「視えてますか?」
「うん、心配していることも大丈夫。おれのサイドエフェクトがそう言ってる」
「迅さんがそう言うなら大丈夫ですね」
迅さんは不思議だ。迅さんが大丈夫と言うだけで大丈夫なんだと思えてしまうのはサイドエフェクトのおかげだけではないだろうといつも思わせてくれる。だからみんな彼に頼ってしまうところはあるだろうし、彼のことが好きな人たちがたくさんいるのも納得できる。
「私、行きますね」
「おう、頑張れよ」
「みなさんも、心配はしてないですけど気を付けてくださいね」
「じゃあな、アヤリ」
そこにいるみんなが手をあげて私を送り出してくれる。私は頷いて背を向けて走り出そうとした。したけれど、少し進んだところで足を止める。
「遊真くん」
「なんだ?」
「レプリカ先生もいる?」
「いるよ」
振り返って遊真くんを見る、目を今度はしっかり合わせて、逸らさないように。
「これが終わったら二人に話したいことがあるの」
「ほう」
「だから、また屋上でね」
笑顔で彼に伝える、そういえばしっかりと彼の前で笑うのは初めてだったかもしれない。少し驚いた表情を見せてから、遊真くんも笑顔になって。
「りょーかい」
「心得た」
そう二人の返事を聞いてから今度こそ私は足を南に進めた。
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