ドドドドドッと大きな音がして、目で確認できる位置にあった建物が崩れた。敵がやったことなのか、はたまた隊員の誰かがやったことなのか私の位置からでは他の建物が残っていてわからなかったが、こちらの戦闘の方が大変なことになっているのは容易に想像できた。
「梨本ちゃん、聞こえるかしら」
「蓮さん?」
「今建物が崩れたの見えたかしら?」
「はい、見えました」
「当真くんたちの斜線がそれで通ったの、狙撃手組がそこから攻撃するわ。梨本ちゃんも今いるところから狙えないかしら」
「わかりました、やってみます」
 少しでも敵の位置が見えそうな場所に移動してイーグレットを起動する。スコープを覗けば、建物と建物の間から敵の動きによって標準に入ったり入らなかったりする。
「私の位置からだと斜線が確実に通っているわけじゃないので、ちょっと微妙なところですね」
「なーに言ってんだ、梨本」
「当真先輩」
「お前なら余裕だろ?」
「そんな期待されても……」
「やれるだけでいいわ、お願い、梨本ちゃん」
「わかりました」
 目を閉じて大きく深呼吸をする。イーグレットは攻撃手になってからもたまに触っていたけれど、あの頃に比べたら腕は落ちているだろう。その状態でこの大切な場面、緊張しないわけがない。
(大丈夫、彩里ならできるよ)
 鳩原さんに言われ続けた言葉を思い出す。そう、私はあの鳩原未来にずっと教えてもらってきた。これくらいの障害で敵に当てられないなんて、会えた時に合わす顔がない。
 目を開いてイーグレットをひと撫でする、そのままスコープを覗けば中には、動きによって建物から出てきたり隠れたりする角が付いた敵、周りには魚のようなトリオンが渦巻いていて、その隙間を通す射撃が相手を襲っていた。
(当真先輩と奈良坂先輩、相変わらず凄いな)
 自分より技術のある先輩方の射撃を見るのは今でも胸が高鳴る。最初に狙撃手を選んだのは適当だったけれど、技術を身につけたいと思ったのは私自身だ。
 敵が見える瞬間を逃さないようにじっと構える。幸いにも私の周囲には敵がいないようなので集中しても後ろから攻撃されることはないだろう、目標も当真さんたちの狙撃を警戒しているようで、多少はあれど私側にはあまり魚を集中させていないようだ。
(このくらいの壁なら簡単に当てられるよ)

 その瞬間に引き金を引いた。

「梨本ちゃん、命中したわ」
「だからできるって言ったろー」
「でももう私側の斜線は切られちゃいましたね」
「あとはこっちのみんなにやってもらうわ、梨本ちゃんは米屋くんの方に引き続き向かってくれるかしら?」
「了解です、蓮さん」
「お前ももう少し早くこっちまで来てればサカナをよけて本体に当てるゲームできたのにな」
「機会があれば別のことでやりましょう」
 おうよーって返事を聞いてから、私はまた走り出す。私は敵の身体を射抜くことが出来たが、一度撃てば位置が分かってしまうのは狙撃手である以上仕方ない、沢山残っている建物で斜線を切られてしまった。それでも求められている仕事ができたようで良かったと胸をなでおろす。
 目的地まであと少し。

  *

 ユーマがこちらに来てからひと月ほど経っただろう。ボーダーに身を置くことが出来、オサムやチカを筆頭に玉狛支部や本部に友人もできている。この国の言葉で順風満帆というものだろう。そんなユーマが他にも気に掛けるボーダー隊員が現れた。
 彼女の名前はナシモトアヤリ。私には近界民嫌いの少女にしか見えなかったが、どうやらユーマはサイドエフェクトを通して彼女のことを見たからかどうやら興味を持ったようだった。
 ユーマが人に興味を持つことは大して珍しいことではない。今回の玄界でもそれこそオサムを気に入ったように他の国でも交流はできる性格だろう。そのため私としては彼女のことも特段気になるものではなかった。故にユーマになぜそんなに彼女が気になるのか尋ねたことがある。
「レプリカはウソってどんな時につくものか考えたことあるか?」
「嘘とは、事実ではないこと。 人間をだますために言う、事実とは異なる言葉という」
「あいつ、周りにも自分にもウソついてるみたいなんだよな。もちろん今までそういう奴を見てこなかったわけじゃないけど」
「……」
「ま、なんとなくだぞ」
 ウソずっとついている奴を見るとどうしてもサイドエフェクトのせいか気になるんだ。そう付け加えたユーマはどこか楽しそうに見えた。ユーマが楽しそうならばそれは喜ばしいことである、身の安全を考える身としてはアヤリのユーマへの態度は信頼のおけるものではなかったが、ユーマと共に彼女自身を理解し、様々な理由やユーマのことを相手してくれている姿を観察していくことで、少なからず危害を加えることはないだろう。
「レプリカ先生、今日も教えてほしいことがあるの」
 ユーマのいない時にアヤリと二人で話したことがある。私がアヤリに姿を見せた日から、彼女はトリオン兵である私に対して友好的だった。トリオン兵であること以上に私のもつ情報や記録に興味がある、星が好きだという彼女はよく玄界の天体について、そして近界についても尋ねるようになった。
「アヤリは近界が嫌いと言っていたが」
「嫌いだよ」
「なぜ近界について私に尋ねるようになったのだろうか」
「敵情視察……」
「それが本当ならこれ以上は教えることが出来ない」
「……嘘です。ごめんね」
「では何故だろうか。話せる範囲で構わないが」
「先生にならいいよ」
 困った顔で微笑むアヤリ。無理をさせてしまっただろうか、話すことを決めた彼女の気持ちを邪魔しないよう言葉を紡ぐことをやめた。
「先生が役に立つだろうって少しずつ話してくれてからなんだけど」
「……」
「先生と遊真くんが見せてくる軌道配置図がすごく綺麗なのも含めて、近界のこと知っていくのもいいのかもしれないって」
「……」
「私は、二人のことを少しずつ知っていかないといけない気がしたの。何も知らないままは嫌だから」
「そうか。それなら私はアヤリに教えられることはこれからも教えよう」
「ありがとう」
「ただ前も言ったと思うが、無理に好きになる必要はない」
「うん」
「だが、もしアヤリの中で何か変わることがあった場合でいいのだが」
「うん」
「ユーマと仲良くしてやってくれないか」
「……それ修くんにも言われたよ」
「オサムにか」
「うん」
「そうだったか」
 修くんもレプリカ先生も遊真くんのことが大切なんだねと、目を伏せて呟く彼女の言葉にどんな感情が含まれていたのだろうか。アヤリの過去の話をユーマと共に聞いたが、それを踏まえたところで彼女の気持ちは私にはわからない、それでも過去を知りながら近界民であるユーマのことを頼むことは酷なことかもしれない。それでも私は私自身の希望として彼女にも、もちろんオサムにもユーマのことを頼んでいきたいのだ。
「善処するよ、先生の頼みだもん」
「よろしく頼む」
「うん。さっきも言ったけど、色々知っていかなきゃいけないとは思っているから」
「そうか」
「その代わりこれからも教えてね」
「承知した」


 そんな約束をしたこともあったなと、沢山話をしてきた中の一部を思い出す。今私を持って走っているオサムも、今はトリオンキューブとなってしまっているがチカも、そしてどこかで自分の仕事をしているだろうアヤリも、自分の考えで私に指示を出すことのできたユーマのことをどうぞよろしく頼むと、戦闘中でオサムに余計な考えを持たせてはいけないと音にはしないが、一度言葉にして伝えたことのある彼らならきっと大丈夫だろう。私は私の仕事を遂行しよう。
「投げろ、オサム!」

  *

「米屋先輩!」
「おー、梨本。待ってたぜ」
「状況は?」
「今メガネボーイがキューブ持って走っているところだぜ! お前はC級と一緒にここから援護射撃してくれ」
「了解」
 簡単に状況を説明してもらってすぐにイーグレットを起動させる。今日は移動が多くて出したりしまったりを繰り返したためそろそろ私のトリオンも限界が近い。たぶん今回の攻撃が最後になるかもしれない。
 スコープを覗けば、さっき撃った近界民が修くんに向かって凄い勢いで突撃していく姿が見える。さっきと違って大した射線の障害になる藻はない。相手がガードするかどうかはともかく確実に当てることができると思った。今はあの近界民に当てることだけに集中する。
「撃てェ!」
 米屋先輩の掛け声に合わせて、私と狙撃手希望のC級隊員は一斉に引き金を引いた。私たちの攻撃は残念ながら敵の防御とトリガーによる魚に防がれてしまっているが、当初の予定通り、援護射撃としては十分な効果を見せた。私たちの攻撃の後に、どこからともなく飛んできた斬撃と射撃が相手の近界民の身体に十分に当たっていることが私の目からも確認できた。誰の攻撃だったのかはわからない、それでも味方の攻撃であることは間違いない。もう私は弾を撃つトリオンが残っていないようで最後の援護射撃を行ってイーグレットを下ろそうとした時だった。

なんで……?

 スコープ越しに、私の目にはレプリカ先生が二つに割れた状態で、敵の遠征艇と思われる門に投げ込まれていく姿だった。撤退していく近界民、門から出てこないレプリカ先生、血を流して倒れている修くん。
 門が閉じて気味の悪かった空に晴れ間が覗く。私たちは勝つことができたのだろうか。敵は撤退、本部からの連絡で戦力の追加も無いようで、気は抜けないがほっとするところだろう。でもどうしてだろう、私の胸はモヤモヤしたままだった。





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