「やっぱりここにいた」
「アヤリ」
「修くんのお見舞いに行ってないんだってね」
あれから一週間、オサムが起きたらしい。おれはというと、オサムの様子をすぐには見に行かず、玉狛支部の屋上で時間を潰していた。毎日探しても結局レプリカを見つけることはできていなくて、しおりちゃんたちに調べてもらい続けて、さっきレプリカはどこかで生きているって結論が出た。その結果をオサムにも伝えることも含め会いに行こうと思ったが、病院にも時間の都合があるはずなのでちょうどいい時間が来るのを待っていた。そこに現れたアヤリと会うのも一週間前の侵攻の途中以来だ。
「なんか久しぶりだね」
「そうだな」
「あの時私が言ったこと覚えてる?」
あの時、きっとアヤリが示しているのは最後に話したときの約束のことだろう。覚えているぞと告げれば、よかった、少し話そうよと彼女はいつもの困った顔で笑った。本当にこの笑い方ばっかりだな。
「レプリカはいないぞ」
「知ってるよ」
「そうか」
レプリカを気に入っていたアヤリのことだ。もっとショックを受けていると思ったけれど、受け入れることができているのだろうか、表情だけじゃ分からない。
「すまんな」
「なんで遊真くんが謝るの?」
「話はレプリカにもあったんだろ?」
「そうだね」
「おれがレプリカに頼んだ結果がこれだからさ」
「いいの」
「はい、ウソ。よくないでしょ」
「ずるいなぁ、サイドエフェクト」
アヤリはすぐにウソをつく、本当はレプリカがいなくなって悲しいのは自分も同じはずなのに、
きっとおれやオサムがもっと悲しいとか思っているんだろう。仲良かった奴がいなくなったら悲しいのは誰だってそうだ、特にアヤリは家族も師匠も自分の前からいなくなってしまう経験があって、今もその時の傷を引きずっているくせに、そうやって周りには心配かけないようにウソついて頑張ろうとする奴なんだ。
「アヤリにもまた嫌な思いさせることになっちゃったな」
「……寂しくないって言ったらウソになっちゃうもんね」
おれから視線を外し、上を見上げる。空には飛行機が飛んでいて、真っ直ぐな白い線を引いていた。いつもアヤリと話すときは夜ことが多いため、今までなかったわけではないけれど、青空の下のアヤリは新鮮に感じた。
「私は、また好きだった、尊敬していた存在を失っちゃったなって確かに思ってるよ」
「うん」
「とっても悲しいし、やっぱり近界民は許せない。修くんも大怪我をして、ボーダーの人も何人か殺されちゃって、レプリカ先生までいなくなっちゃって」
「……アヤリ」
「だけどね」
身体をこちらに向けて、真っ直ぐおれを見るアヤリ。アヤリの横だけ長い髪が彼女の動きに合わせてひらひらと揺れた。
「私は遊真くんが、私たちと一緒に頑張って戦ってくれたのが嬉しかったの」
「ふむ」
「今まで、近界民だからって理由で嫌って、拒否してごめんなさい」
「きにしてないよ」
「私、遊真くんを認めるってなんだが上からの言い方になっちゃうけれど、これからも一緒に頑張っていきたいって、仲良くしたいって思ったの」
これが、本当はレプリカ先生にも伝えたかった、あの時二人に言いたいことがあるって話だよ、と少し悲しそうな表情を浮かべて言うアヤリの言葉の全部にウソはなかった。アヤリにとってこの話はおれよりもレプリカにしたかった話だったのかもしれないなんて自分で考えれば、胸のあたりがちくりとした気がした。経験したことのない感覚になんとなく胸あたりを抑えてみる。
「どうしたの?」
「なんかへんな感じがしただけ」
「それ、大丈夫なの?」
「大丈夫だろ、トリオン体だし」
「そういえばそうだったね」
そう、自分の身体はトリオン体だから外傷はできないし、そもそも痛みは感じない。だから自分の身体の変化に疎くなっているような気はしていた。とりあえず継続するような痛みではないようで本当に一瞬のことだったし、少なくとも生身よりは丈夫な身体だろう。慌てて心配するようなものではないだろう。
「二ホンの流行り病か?」
「そんなの今はないと思うけど」
「じゃあ大丈夫だな」
「病気で思い出したわけじゃないけど、修くんのところ行かなくていいの?」
アヤリが自分のスマートフォンで時間を確認する、長い時間を話していたわけではないが、そろそろ向かってもいい時間だろう。
「もう行っても大丈夫な時間だと思うよ」
「アヤリも行く?」
「行かないよ、二人でゆっくり話してきて」
「ふむ、じゃあそうするか」
いつも座っている場所から腰をあげて、アヤリにお礼を告げて扉の方向に向かう。今から行けば、まぁいい時間になるだろう、アヤリが時間を気にしていてくれてよかった。
「遊真くん」
「どうした?」
「行ってらっしゃい」
扉に手をかけたところで、後ろからの声に振り返った。こちらをまっすぐ見つめる彼女から、今まで感じていた敵意を含めた視線ではもうなくて、今までもこんなことは他の国でだってたくさんあったはずなのに、口元が緩んでしまう。
「いってくる」
*
「記者会見、私も見たよ」
「梨本も見てたのか」
「私も隊員だしね、一応ボーダーってつくものはなるべく見るようにしているよ」
退院してから、玉狛支部で初めて梨本と顔を合わせた。入院中も来てくれてはいたが、なんとなく以前よりも話しやすい雰囲気になったような気がする。少なくとも今までの梨本とこんな風に二人で話すことができる日が来るなんて思いもしなかった。ぼくや千佳に対しては元々悪いものではなかったが、空閑への反応を見ているとこちらも身構えてしまうものだった。ぼくたちに敵意がなくとも、空閑やレプリカへ向ける敵意は横から見ていてもすごく感じたため、梨本という人間は本当に近界民が嫌いなんだろう。そんな彼女に空閑と仲良くしてほしいなんて頼んだ自分は相当、無理なことを言ってしまったと今更ながらふつふつと感じていたのだが、自分が思っていたよりも人との関係は思ったより簡単に変化するものだったようだ。
「お、きてたのか」
「こんにちは、彩里さん」
「お邪魔してます、遊真くん、千佳ちゃん」
先輩たちと訓練をしていた二人が戻ってきた。千佳がぼくの隣に、空閑が梨本の隣に座る。今までだったら梨本は空閑が隣に来ると避けたり、あまりよくない表情をしていたが、今は笑顔で空閑とどんな訓練をしていたのやら、ぼくとなんの話をしていたのかやら、千佳を含めた三人で談笑している。
(千佳)
(どうしたの、修くん)
(ぼくが入院している間に空閑と梨本に何があったか知っているか?)
隣にいる千佳に小声で話しかけると、ぼくらの正面の二人には聞かれずに話したい意図をくみ取ってくれたようで、少し考えた表情を浮かべてすぐに千佳も小声で返してくれた。
(わたしも詳しくはわからないんだけど、仲直りしたみたい)
(あいつら喧嘩していたのか?)
(喧嘩っていうか、なんて言うんだろう)
(あぁ、もともと仲があまり良くないように見えたからか?)
(うん)
理由はわからないが、これは良い方向への変化だ。空閑を近界民と知りながらも、敵意を持たない人間は少ないほうが良いに決まっている。梨本だって根は悪い奴じゃない、ただぼくら以上に近界民が嫌いなだけだろう、その梨本が近界民である空閑と笑って話せるようになっている。そういえば大規模侵攻のときに終わったら話があると空閑に言っていたがそれが関係しているのだろうか。
(修くん)
(なんだ?)
(遊真くん、楽しそうだね)
(あぁ、空閑もあんな顔するんだな)
自分が梨本に頼んだことは相当彼女にとって迷惑だっただろう。空閑には時間がない、だから残りの時間、やりたいことや楽しいこと、とにかく悔いの残らない時間になるようにぼくはできる限り協力していきたいと思っている。ぼくになにができるかわからないし、むしろぼくの方が助けられてばかりだけれど。
「私、そろそろ帰るろうかな」
「なんだ、夕飯食べていかないのか?」
「うん、このあと防衛任務なの」
「そうだったのか」
「気を付けてくださいね」
「みんなも、ランク戦頑張ってね」
梨本が立ち上がり玄関に向かう、空閑と千佳は見送ろうと一緒に立ったが、どうやら奥から先輩たちに呼ばれたようで、残念そうにしている。梨本は気にしないでと言って二人が奥へ行くのを見送ってから靴を履き始めた。
「梨本」
「修くん、いいのに、座ってなよ」
「梨本に言っときたいことがあって」
「なに?」
視線を靴からぼくに向け、立ち上がる。靴紐は縛り切れていないけれど、会話するために中断してくれたのだろう。大した話ではないため、そのまま続けていていいのだけれどそういうところが彼女の人と関わるときの律義さというか丁寧さを感じる。
「言いたいことって?」
「あぁ。ぼくの頼みを聞いてくれてありがとうと思って」
「…修くんに私なにか頼まれていたっけ?」
「前に空閑と仲良くしてほしいって言っただろ?」
「あぁ! そんなこともあったね」
「最近、空閑と仲良くしているのはそれが原因じゃないのか」
「頼まれているのは修くんだけじゃないからね」
どうやらぼくの考えは外れだったらしい。梨本の反応から色んな人から同じような内容のことを言われ続けているようだった。でも言われ続けてきたにも関わらず、このタイミングで変わったのはなぜだろうか。
「レプリカが関係しているのか?」
「関係ないって言ったら嘘になるけども、私が遊真くんのことを近界民としてじゃなくて、彼自身のことを知って仲良くしたいと思っただけだよ」
「でもなんでこのタイミングなんだ?」
「大規模侵攻で、遊真くんが近界民だけど敵じゃないってこの目で見れたから」
「それだけで?」
「それだけで」
鞄を持ち上げて肩にかけ始めた。そろそろ時間だろうか、ここから本部までも近くはない。あまり長く引き留めるのも申し訳ないと、ぼくはこれ以上の質問はやめようと口を閉じると、梨本がドアノブに手をかけながら話の続きを始めた。
「それに、今の師匠にも色んな人と仲良くしなさいって教えられてるの。近界民って思うと今回はなかなか受け入れなかったけど」
「今の師匠に?」
今のという言い方にさらに疑問をもってしまうが、ここで問うのはまた引き留めてしまうことになる、ぼくは梨本のことをなにも知らなかったようだ。空閑なら知っているのだろうか。ぼくが考え込んでいるのがわかったのか梨本はまた機会ができたらねと付け加えた。
「とりあえず、遊真くんが近界民でレプリカ先生がトリオン兵であることは変わらないし、私が近界民が嫌いなことだって変わらないけれど、嫌いばかりで味方になってくれる人のことを嫌うのは違うと思うし、それに…」
「それに?」
「なんだか、遊真くんとレプリカ先生が敵だったらって考えたらすごく嫌だったの」
よくしている気がする困った顔をして「あんなに否定していておかしいよね」と笑う梨本。ぼくはその表情と言葉をどう受け止めていいかわからず、そうかとだけ返す。きっと彼女のなかで自分の感情との戦いがあるんだろう。
「それでもぼくは、梨本と空閑が仲良くなってくれて嬉しいよ」
「ほんと、修くんは面倒見がいいね。今は自分の身体を大切に」
「わかってるよ」
「じゃあ、私いくね」
「ああ。本当にありがとう」
どういたしましてと言ってドアノブを回して外に出る梨本。ちらりとスマートフォンを取り出して時間を確認したらしく、駆け足でその場を去ろうとしていた。自分の予定の時間より、ぼくとの会話に時間を割いてくれたのだろう、きっと梨本は本当に人との交流を大切にしているようだ。彼女に教えた師匠の凄さと、侵攻前の彼女とも、もっとゆっくり話していても良かったのかもしれない。今となっては遅いことだけれど、玉狛に来る回数が多い彼女とはこれからも話す機会はあるだろう、きっと仲良くなれば力になってくれることも増えるかもしれない。ぼくらは頼れる人を増やしていくことは遠征組に選ばれるためにも、絶対に損にならないはずだ。
「靴紐! 気を付けろよ!」
そういえば彼女はぼくと話しているとき、靴紐を全部縛り切っていなかったはずだと思い出し、小走りしている背中に声をかけたと同時に靴紐に引っかかって転んでしまっていた。
─防衛任務に間に合うといいけれど。
_ /reload/novel/2/?index=1