紅茶のとても良い匂いとマカロンといういかにも高級そうなお菓子、漫画やテレビで存在は知っていたけれど目の前にするのは初めてだった。遠慮なくどうぞ、と言って私に微笑みながら自身も紅茶を飲んでいる。せっかく淹れてもらってまったく口にしないというのも失礼な話なので、いただきますと呟いて温かい紅茶を啜る。
 私は今、とある隊の作戦室にいる。そこに所属している王子一彰先輩に廊下で声を掛けられ、そのまま話でもと作戦室にお邪魔する流れとなった。王子先輩とは話したことがほとんどない、あったとしても覚えていない、私の知人にも特別王子先輩と仲良かった人がいたわけではない。なので、今こうして作戦室で一緒にお茶をしていることも、そもそも話しかけられたことに戸惑いが隠せない。
「それで、話ってなんですか?」
「そう焦らないで、マカロン食べてみてくれないかい?」
「はぁ……」
 しばらく動かずに先輩の動きを観察してみたが、私がマカロンを口にするまで彼も動かないようだった。このままお互いなにもしないのは時間が進むだけなので、私はその色とりどりのマカロンの中から、一番無難そうなピンク色を選んで一口。かじったところからボロボロと崩れ、少しこぼしてしまったことに慌てて左手でこれ以上落とさないように気を付ける。ボロボロと崩れるのにサクッてよりもしっとりした生地と甘くて、イチゴの酸味が感じることのできてどろっとしていない、中に挟まれているクリームがバランスよく口の中に広がって、私はこの初めて知る食感と自分の好みの味につい「おいしい」と声に出してしまった。そんな私を見て、先輩は満足そうに「よかった、全部食べていいからね」と笑みを浮かべていた。
「さて、ぼくがきみにしようとしている話だけれど」
「はい」
「結論から言うと、ぼくのところで学ぶ気はないかい?」
「先輩、攻撃手ですよね? 私、狙撃手ですよ?」
「知っているよ。ぼくが教えるのは戦闘とはまた違うもののつもりだから」
 戦闘以外の教えと言われてもあまりピンとくるものはなかった。よくわからない提案に返事ができなかった。私が狙撃手にこだわり続けるのであれば断ることができただろう、だけど最近はその訓練さえまともにできなくなってきていたのは確かだった。鳩原さんはもうボーダーにいない、一番褒めて、認めてもらい人はもういない。二宮さんは彼女の情報を追っていて、木崎さんが私の身体を気遣ってご飯に誘ってくれたことに甘えるだけじゃなくて、私も自分自身で何かを変えていかないといけないと思っていたのは事実だった。受け入れて、少しでも顔を上げて、また会えた時に胸を張っていられるように。
「王子先輩」
「決まったかい?」
「その話、ぜひお願いします」
「うん、こちらこそ」
「それともう一つ」
「なんだい?」
 自分の決めたことだ、後悔はしないようにしたい。色々と聞かれたりするかもしれない、思った以上に大変で戦えなくなるかもしれない。それでも私は、なんで私に声をかけたのかわからないようなこの先輩の提案に乗るのならばいっそ、これを機になんでもいいから変えていきたいとこの気持ちに目を背けてはいけないと思ったから。
「私に攻撃手としての戦い方もご指導お願いしたいです」
 予想してなかったのか、少し目を見開いた先輩が「歓迎するよ」とすぐに微笑んでくれた。





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