あの日から三門市には家族も家も失った子どもは多勢いて、そのうちの一人でしかなかった私は、身寄りの親戚もおらず、言われるがまま、そういう孤児を置く施設に入ることになった。
 ボーダーを名乗る機関の出現、現れた謎の怪物。世間はまだパニック状態だ。その被害の渦中にいた私たちは、人から哀れみの目を向けられ、有りもしない噂を囁かれ、被害の援助金を募集するための顔にされる、まぁ、そんな施設だった。身体がどれだけ痛くとも身の回りのことは自分で、施設の掃除も自分たちで行わないといけないし、人と話せば疲れるし、ご飯は少ないからお腹は減るし、いつも泣き声、喚き声、怒鳴り声で溢れているし。うるさい、疲れる。こんな世界で生き続ける必要はあるのだろうか、と毎日考えてしまう。でも残念ながら、臆病な私は自分で自分の命を捨てることができないまま、ただ時間の流れに身を任せながら、人に弱いところを見せないように、可哀想って思われないように、酸素を取り込んで、二酸化炭素を吐き出す作業を繰り返している。
 一度だけ、飛び降りてみようと思ったことがあった。あれはここに来た当日、こんな場所に来てまで生きる必要はないし、あっちに行った方がみんないて幸せなんじゃないかなって。いっそ、私も建物の下敷きになれれば、走れないくらい怪我をしていれば。啜り泣きが聞こえる共同の部屋を出て、屋上に向かった。冬の寒さは身に染みるけど、風はないそんな日だった。いっそのこと強風で、バランスを崩しただとかになってくれれば後々、事故として片付けられて人に掛かる迷惑が減るんじゃないだろうか。ハハッと鼻で笑ってみる。今日で終わろうと思っているのに、明日以降の他人の心配をしている自分がおかしくなった。のんびりしていると見回りの職員さんとかにばれてしまう。さっさと終わらせてしまおう、ばいばい三門市。最後くらいは、あの日より前の、普通に笑って人と話していた時みたいに上を見よう。どうせこの後は地面しか視界に入らないのだから。
 上を見上げると、雲が多くて、残念ながら最期は空さえもどんよりしているようだった。結局、私の人生はそんなもんだったんだと、よいせと柵に足を掛ける。そもそも、白い怪物が現れなければ今頃は普通に家族と過ごしていたのだろうな。目を閉じて、深く息を吸い込む。手足がガタガタ震えているのがわかる。
(最後に何かを想うなら、白い怪物に負けないような力が手に入りますように)
 閉じた目を開けば、黒くて重い雲の隙間と隙間から、流れ星が光ったのがわかった。それも一つではない、幾つも間隔をあけて流れている。まるで、「その願いは自分で叶えろ」「チャンスはあるから」とでも言われているようだった。避難所で見たあの時との空とはまた違って、もやもやする雲の隙間から必死に輝くその姿に、私もまだ、なにかできるかもしれない。空を見ただけで何を突然、自身の意志を変えるのかと思われても仕方がない。変だと思われてもいい、だってあの流れ星に「まだその時じゃない」って言われてしまったのだから。





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