電光掲示板に空閑七ー梨本三と、表記されている。ナシモトとの十本勝負で無事に勝利をおさめ、彼女に「約束は守ってもらうぞ」と告げれば、不服そうな顔で「わかってるよ」と返事を聞くことが出来た。
 どうもおれのこと、というよりも近界民を嫌っているようで、この前の重くなる弾の人のように、近界民のことをよく思っていない人間はボーダーにたくさんいることは理解できるため驚かない。ただ彼女について妙に気になったのは、親父から受け継いだサイドエフェクトが影響だろう。
 ナシモトアヤリは周囲にも自分にも常にウソをつき続けている。相棒のレプリカも言っていたが、彼女のウソは周りに心配をかけないように、自分にすら大丈夫だと言い聞かせている、そんなウソばかりに思えた。なんなら今はバカ正直なオサム、ウソついても追及すれば応えてくれるチカ、そんな二人といるからか余計に気になってしまったのかもしれない。彼女のウソにはなんのメリットがない。欲もない。むしろ自分を苦しめているようにすら見える。何度でも言う、これはただの興味であり、好奇心だ。あんな奴を戦場で見かけたら真っ先に獲物として狙うし味方にいたら足手まといだと思う。
「じゃあ約束はさっそく今晩、いろいろ聞かせてもらうぞ」
「…約束だからしょうがないね」
 スマートフォンを取り出して、ぽちぽちと指を画面で滑らし始めた。きっと支部に連絡を入れているのだろう。一通り打ち終えたのか、ふぅ、と一息ついて、こちらに目を向けてきた。彼女の方から自分に目を合わせてきたのは初めてのことかもしれない。自分の目とはまた違う、深みを帯びた赤い瞳だ。
「きみはこれからどうするの」
「ん、うーん。まだランク戦でもするつもり」
「ふーん」
 そっか、と言って座っていたベンチから立ち上がるナシモト。約束は終わったしもうどこかに行くのだろう。おれも彼女から視線を外し、次に入れそうな空きブースを目だけで探す。
「じゃあ、もう一戦しようよ」
「お、つきあいいいね」
「負けたままなのも悔しいし」
 もともと戦闘とか訓練は好きな方だし。と言いながら再びおれを見る。その目には対戦前までのおれへの嫌悪感は薄れ、強敵を見つけて楽しくなっている、闘志の籠ったように見えた。おれはやっぱり嫌悪感が薄れたことも、戦いという形でこいつと遊べることもなんだか嬉しくなってしまって自然と笑みがこぼれた。おれが笑うとどこに笑う要素があったかわからなかったようで、疑問の顔色を浮かべているナシモトに、「次はポイント移動ありでよろしくな」と言えば、ため息をつきながら「搾り取る気満々じゃん」と言って空きブースに向かっていった。
 
 
「全然勝てなかった……」
「なかなかいい腕してたぞ」
「なんでC級なのにあんなに動けるの」
「そりゃ、おれ戦争ばかりしてたし」
 夕食を終えて、おれとナシモトは支部の屋上へ向かう。ナシモトは一人で暮らしているようなので今晩も泊まっていくことに問題はないらしく、自宅に帰る面々を見送ってから約束通り話すこととした。
 冬の屋上は寒いらしい。扉を開けば風が吹き込んできて、隣のナシモトが「さむっ」と顔をしかめていた。
「中にするか?」
「大丈夫、冬の外は好きなの」
「なんで?」
「空気が澄んでいるからかな、星が綺麗に見えるから」
 そう呟いて空を見上げるナシモト。そっかと応えておれも空を見上げる。いつもこの時間になると外に出ているが、改めて言われることでこんなに綺麗な空だったのかと実感する。日本の夜空も悪くない。
「で、聞きたいことってなに。遊真くん」
「お、名前。覚えてたのか」
「そりゃ、みんな名前で呼んでるから。苗字は空閑だったよね」
「お前はアヤリだったよな」
「そう」
「んじゃ、改めてアヤリだな」
「お好きにどうぞ」
「んで、聞きたいことだけど、まずはなんで近界民がそんなに嫌いなんだ?」
「ボーダーにいたら特別なものでもないと思うけど」
「まぁまぁ」
 少し考えた後に、語りだすアヤリ。四年前の侵攻の被害者で家族や友人を失ったこと、保護施設で生活していたらボーダーにスカウトされたこと、入隊してからは師匠の下で近界民を倒すことだけを目標に技術を身につけたこと、大好きだった師匠がいなくなって食欲がなくなって玉狛で食べさせてもらうようになったこと、フミンショーという、眠れない病気になったこと、今は新しい師匠の下で頑張っていることなどを話してくれた。いなくなった師匠について聞き返せば「それは私の口からはまだ言えないかな」と断られてしまった。
「じゃあ次、なんでウソばかりつくの?」
「たとえば?」
「周りの人に心配されても大丈夫って答えているだろ」
「……なんでわかるの」
 驚いたように目を見開くアヤリ。教えてと言葉を続ければ、周りに心配かけたくないだけだよと困った顔で呟いた。今日アヤリが話したことウソはない。彼女は彼女で様々なものを背負いながら戦っていることを知ることができた。周囲に迷惑をかけないようにウソをつくといった考えも理解はできる、でも肯定はしない。それが自分自身を守るための戦い方として選んだのであれば、否定もしない。話を聞いただけのおれが否定も肯定も、そもそも意見をすることが違うと思ったから。
「私、寒いし部屋行くけど、まだ聞きたいことある?」
「いや、とりあえずいいよ。また思いついたら聞く」
「次もまた私に勝ったらね」
「負けると思う?」
「私だって次こそ負ける気ないよ」
 じゃあね、と扉の向こうに消えていく。どうやらまた個人戦で遊んでくれるような口ぶりだった。一度戦えば力量を知ることが出来る、彼女は弱くはないが、自分の方が経験もあり負け越すことはほとんどないだろう。それでも今日の一戦は思ったよりも楽しく、また戦いたいと思える相手だったのは確かだ。
 次に戦ってくれるのはいつかな、楽しみだなと一人呟けばで、姿を小さくしていた相棒が「ユーマが楽しそうでなによりだ」と耳元で囁いた。





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