あれから二年経った。私は中学生になり、ボーダーに入隊した。ボーダーの人が施設にきたあの日から、ボーダーや、戦い方についてなど、わかる範囲で調べて過ごしていた。私に一番最初に関わってくることは希望するポジションについてで、自分にどの戦い方があっているかなどわからなかった私は、ボーダーの人が置いていった正式入隊前の資料に、迷った方はこちらと、フローチャートを試した結果、狙撃手が該当したため、とりあえず狙撃手から始めてみよう、適当に選んでしまった感が強いが、昔から輪ゴム鉄砲で弟とよく遊んでいて得意だった。これも何かの縁と無理やり思い込むことにした。
 正式入隊の日は、入隊式というべきだろうか。偉い人たちの話を聞き、オリエンテーションの実施、希望するポジションに分かれるという指示だったため、次々と周りの人たち分かれていく。みんな前もって決めていたのだろうか、私も予め決めておいて良かったなと、狙撃手の集団へと足を進めた。


 無事に正式入隊日を終えて数日、狙撃手トリガーの使用方法は何となくわかってきたが、独学だけでは技術を身につけることに時間が掛かるのではないかと痛感していた。同じ日の入隊した面々の中に、クラスメイトの武富桜子さんがいて声を掛けられた時は非常に驚いたが、人とあまり関わりをもたない私だけど、知っている顔があることに少し安堵した。彼女は彼女でやりたいことがあるらしく、それに一生懸命だ。「梨本さんも頑張ってくださいよ!」と言われてしまったため、私も少しは負けないようにと今日勇気を出してみようと思った。
 狙撃手の先輩、鳩原未来さん。今日は彼女に狙撃について教えてもらおうと、狙撃手の訓練施設へ向かっている。
 鳩原さんを訓練で見た時に入隊したばかりの私でも凄まじい技術の持ち主であることが分かった。私も戦うからには彼女のような技術をもちたいと、たった数日で憧れていた。人の狙撃を見ることでこんなに感動するものなのか、色々な人の訓練の様子を何か盗めるものがないか観察したが、鳩原さんの訓練はまるで映画のような、テレビ画面の向こうのような、漫画の中のような。とにかく見ていることに熱中してしまう、そんなものだった。彼女はよく自主練習もしているようで、周りのジャージスタイルとは違い、スーツ姿でトリガーを構える姿は周りとは違う格好にも関わらず目立たない、訓練でも身を潜め、狙ったところに弾を当てているように見えた。今日も自主練習をしていたようで、訓練室のベンチで飲み物を一人で飲んでいる姿を見つける。声を掛けるなら今しかないと、深呼吸をして彼女の座っているベンチへ近付いた。
「あの、鳩原さんですよね……?」
「そうだけど。キミは最近よくここに来ている子だ」
「初めまして、梨本彩里って言います」
「初めまして、鳩原未来です」
 へらりと笑う彼女を見て、つられて笑う。笑顔が下手くそだなと思われてしまっただろう。言葉が上手に出てこなくて、そのまま立っていたら「それであたしに何か?」と疑問を投げながら隣どうぞと示すようにベンチをぽんぽんと叩いてくれた。失礼しますと呟いて空けてもらった隣のスペースに腰を下ろす。
「あのですね、私、鳩原さんにお願いしたいことがあって……」
「あたしに?」
「私に狙撃を教えてくださいませんか?」
「……あたしが教えられることなんてないよ」
「お願いします」
 頭を深々と下げる。鳩原さんを困らせいる自覚はあるが、私はこの人から学びたい、どうしてもついていきたい、そう思ってしまったのだ。
「……あたしは、人が撃てないよ」
「え?」
 顔をあげて鳩原さんの顔を見れば、悲しそうな表情を浮かべていた。
「撃てないあたしが、教えられることなんてないよ」
 ごめんねと、困ったように微笑んで言う鳩原さん。私の胸の中でなにかじわりと広がる感覚があった。この人と一緒にいたい、そう思ってしまった。私の家族を失った気持ちがそうさせるのか、たった数日間の憧れがそうさせるのか私にはわからないことではあったが、そう思ったことは事実なのだ。だが、言葉選びが下手くそな私が、困ったように微笑む彼女にどのような言葉を掛けるのが正解なのかわからなくって、私ができることは「それでもお願いします」と頭を再び深く下げ、彼女を困らせることしかできなかった。


「しょうがない、お互い無理だと思ったらやめようね」という約束で弟子入りすることを認めてもらえた。半ば強引な形をとってしまったことに自覚はあったが、それ以上に嬉しくてつい足取りが軽くなる。
 鳩原さんに訓練を見てもらうことで、成績が著しく伸びた。いつのまにか点数は規定を越えていてB級隊員になることが出来た。「入隊する部隊はきめてあるの?」と尋ねられた時は、正直、鳩原さんとの訓練が楽しくて何も考えていなかったことを注意されてしまうこととなった。
 鳩原さんが所属している二宮隊は、隊長の二宮匡貴さんが率いる、隊員全員に実力があるA級部隊だ。中でも二宮さんは才能がある人が好きだそうで、その部隊に所属する鳩原さんのもとで習えることを非常に光栄だと思っている。鳩原さんはというと、私のことをいつのまにか正式に弟子と認めてくれていたようで、以前二宮隊の方々に挨拶をしたときに「あたしの弟子です」と紹介してくれた。それがとても嬉しくて、恥をかかせない弟子になろう、もっと強く、上手くなって鳩原さんの隣で頑張り続けよう、頑張れば頑張るほど近界民を倒すことが出来る、鳩原さんにも褒めてもらえる。私にとって嬉しいことしかない。そんな私に、うちに来ないかと、声を掛けてくれる部隊もいくつかあって、鳩原さんに報告と相談をすれば「彩里はすごいね」といつものへらりとした笑顔を向けてくれた。私は声を掛けてくれた部隊の一つに入隊を決めた。改めて挨拶に行くとき、鳩原さんもついてきてくれて、何を話すかと思えば「うちの弟子をよろしくお願いします」と一言いうためだけに来てくれたようだった。部隊も動き、鳩原さんのもとで狙撃を習い、私のボーダーの中での交流関係なんてこれくらいしかなかったけれども、とても充実していた。


 数か月後、弟弟子が出来た。名前は絵馬ユズル。鳩原さんに「今日から一緒に訓練するから、彩里も面倒見てあげて」と言われたときは、鳩原さんとの二人の時間を邪魔されるような気がして正直乗り気になれなかった。でも一緒にいるうちに彼のこともわかってきた気がする。
 ユズルは一個下で、すごく落ち着いた男の子だ。才能もあるようで、鳩原さんの指導もあってぐんぐんと腕を伸ばしていった。異性とはいえ、結構話すこともできて、好きな食べ物がクリームシチューというのが一緒で、よく「三人でクリームシチュー食べに行こうか」「でもシチューってあまりお店で出るイメージないよね」なんて三人で笑って話すことも増えた。なによりユズルも私も鳩原さんが大好きで、尊敬していることに違いはなかった。私達は技術を磨きながら、それなりに楽しく毎日過ごしていたのだと思う。


 あの知らせを受けるまでは。





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