chapter:Idiot~名前 それはオレにとって、侮辱(ぶじょく)以外の何物でもない、禁句に近い言葉だ。 ――本来なら。 それなのに……。 オレ、おかしい。 ヘサームに禁句を言われると、胸がドキドキする。 どうしてだろう。 気のせいか、顔も熱いように感じる。 なんだか恥ずかしくて、ヘサームの顔をまともに見られなくなったオレは、視線を逸(そ)らし、絨毯の上にすべらせる。 それでヘサームから逃れられると思ったのに......。 「照れてる顔も可愛いね」 頭上からは、またもや普段なら侮辱とも取れる言葉が落ちてくる。 だけど、コイツの言葉に嫌味は感じないし、やっぱり腹も立たない。 それどころか、余計に顔が熱くなる始末だ。 「......っつぅう!!」 なんなんだよ、なんなんだよコイツ!! 「しらねっ! オレ、母さんと妹が待ってるからもう帰るっ!!」 「ああ、またおいで」 返事もせずに元来た道へと戻るオレには、だけど怒りはない。 それとは逆に、胸の奥がくすぐったい。 それはきっと、新しい友達と呼べる相手ができたことへの嬉しい気持ちなのだろうか。 よくわからないけれど、ま、いいや。 もう盗んだり、危ないことをしなくても、食い物をくれる奴がいるし? 果物が山ほど入ったカゴごとヘサームからもらったオレは、意気揚々と自分の家に帰った。 食い物を家に帰ったその後で、過酷な運命がオレを待ち受けていることも知らずに――......。 |